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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第二章 元最強勇者のアルファが俺の元に帰ってくるまでの話

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9-3


「え……、レオ、ス?」


 何故? まだ王宮にいるはずの男が、どうしてこんな所に?

 呆然としていると、トン、と背中を軽く突き飛ばされた。


「行けよ、トワ」

「キリィ、でも……」

「これだけ長い間待たされたんだ。とにかく、言いたいことがあったら全部言ってこいよ」


 そう言うなり、踵を返してすたすたと歩いて行ってしまう。


「トワ殿!」


 キリィを見送る間もなく、レオスがこちらに向かって歩いてきた。


「さっき、見覚えのある奴がいるなと思ったら……、グレンだった。アイツ、今は君の配下になっているんだって?」


 と、レオスが快活に話しかけてくる。

 

「……どうして、ここに?」

「一旦港に戻ると言っていたから。どうしても話をしたくて、馬車で追いかけて先回りをした」

「陛下の謁見と、晩餐会は?」

「あっちはエティスがいれば問題ない。俺は無理矢理、おまけでついてきただけだから」


 レオスは俺の前で立ち止まった。

 二人分の影が、石畳の上に伸びる。もうじき、夕暮れの時刻だった。


「……すまない。キリィに聞いたときから、トワ殿のことを思い出そうとしてみてはいる。でもまだ、どうしても思い出せない」


 少し苦しげに。

 切なげに。

 そして、もどかしげに……。

 複雑に入り交じったものを目に宿して、レオスは言った。


「……それは、別にあなたの所為ではないでしょう。だって、あなたは何も悪くない」


 俺がきっぱりとそう告げると、レオスは美しい碧眼を見開いた。


「トワ殿……」

「その呼び方も、やめて欲しい。お前とか、トワで結構」


 昔のように、とは心の中でだけ付け足した。


「……そうか。わかった」


 と、レオスが嬉しそうに微笑む。


「先程、トワには本当に失礼なことを言ってしまった。その……今は三十四歳だと聞いていたから、もっと、綺麗だけど、こう、何と言うか年相応な感じの人を想像していた。だから、本当に驚いて。まさかトワが、綺麗なだけじゃなく、こんなに若く見える人だとは……」


 ──ん?


「美しくて……、一目見たときから、その、年甲斐もなく夢中に……」


 ──ん、んん?


 俺は脳内で大きく首を傾げる。

 これだけの年月が経っても、そして記憶をなくしていても、レオスの少しいかれた……いや、独特の審美眼は健在なのだろうか。


「……だから、今もその勢いだけで来てしまった。昔の俺たちのことは全く覚えていないが、もしトワが良ければ、その、旧情を温めるというか……、俺とまた一緒にいてもらえるだろうか? それに、俺たちの子供のことも……。こんなに長い間放っておいて、本当に、今更なのかもしれないが、父親としての責任を果たしたい。こんな状態の俺に、いきなりこんなことを言われても困るだろうが」

「い、いや、あの……」


 レオスに言いたいことを言うどころか、いつの間にか両手を握り締められて、こっちが畳み掛けられている。


「──よう、お二人さん! お取り込み中のトコロ、悪りいんだけどよー」


 小型帆船の船梯子(タラップ)を、大きな声を張り上げながら降りてきたのは、グレンだった。

 俺は慌てて、レオスの手を振りほどく。


「グレン!」

「ん、マスター。久々の王都だし、俺もちょっくら羽伸ばしてくるわ。キリィの野郎もまだどっか、その辺にいやがるかもしれねえしな」


 どうやら、舷側からずっと見ていたらしい。


「ま、待ってくれグレン!」

「……立ち話もなんだろうしな。ま、中でゆっくり旧交でもなんでも温めてくれや。俺のキャビンに、取っておきの葡萄酒もあるから飲みたきゃ飲んでもいいぜ」

「ちょ、ちょっと……!」

「ついでに船の番も、頼んだぜマスター」


 こちらの状況などおかまいなしに、グレンは言いたいことだけ言うと、ひらひらと手を振りながら行ってしまった。


 ──キリィといい、グレンといい。何故、こうも皆、俺の話を聞かない?


 げんなりしていると、クス、と笑う声がした。


「驚いた。あの荒くれ男を、すっかり手懐けているんだな」


 こんなにわかりやすく気を使う男だったか? と可笑しそうにレオスは言う。


「だとしたら、たぶんあなたのおかげです」

「え?」

「軍資金。二億クナーレの」


 俺は、本人が全く覚えていないであろうその金のことをざっと説明した。

 レオスが、祖国に帰るときにパットの口座に振り込んだあの金は、実はもうほとんど残っていない。

 その使い途のほとんどは、キリィ、パット、ヴォルフたちへの報酬はもちろん、島を守るための設備投資や人材との契約、あとは彼らへの臨時の報酬に消えた。

 中でも破格だったのがグレンとその配下たち、そして猟兵あがりで、今は島で唯一の猟師をしているビルだった。

 彼らが島から駆逐した狼藉者は、実はこの十四年間でかなりの数にのぼる。

 とはいえ、エティスも言っていたように、さすがのルキウスも国力差が歴然としている国、それも友好国の領土に攻め入ってくるほど愚かではなかった。

 故に、やってくるのは金さえ払えばなんでもやる類いのならず者たちで、大抵は元海賊のグレン、最強の傭兵として名高いヴォルフやビルの存在を知ると、それだけで震え上がって逃走した。

 それでも挑んでくる者らには、手痛い目に遭わせて追い払ってもらったが、中にはさらにしつこい手合いもいて、結局そいつらは海の藻屑となったり、ビルが掘る墓穴の中に入ったりした。

 特に多かったのは、最初の数年間。その後はたまに思い出したように、ぽつぽつと。そしてしばらくの間は平穏だったのが、何故か最近になって、またどうやら小物が島の中をウロウロしているようだ、との報告を受けている。

 俺がイコに頼まれて雇った臨時の小間使いに、パットが異様なほど警戒しているのもその所為だった。

 

(……そういえば。あの娘も確か、記憶を……)


「いや、違うな」


 と、レオスは言った。


「え?」

「はじめは確かに金だったかもしれないが……、でもそれだけでアイツは、あんなに親しみを込めて他人のことを『御主人(マスター)』などと呼ぶような男じゃないはずだ」

「いや、それは……、俺がギルドのマスターをしているからで」


 単なる渾名(あだな)? というか、そこに大した意味はない。そう話そうとして、急にさっきのグレンの言葉を思い出した。

 ここで立ち話を始めてから、だいぶ時間が経っている。

 海からは夕闇が迫っていて、寝床に帰ろうとする海鳥の声が暮れ(なず)む空に甲高く響きわたっている。


「……あの。グレンもああ言って……、じゃなくて。だんだん暗くなってきて、風も出てきたので。よければ少し、船の中で話しますか? あなたにもし、時間があるのなら、ですが」


 俺がぎこちなく誘うと、レオスはたちまち嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう。では、お言葉に甘えて」




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