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「はあ? 嘘って……。ああ……」
エティスががくりと項垂れる横で、武人の男も黙ったまま、目を閉じて首を横に振る。
「見たところ、何か手違いがあったようですな」
兄がレオスの方をじろりと見遣りながら言うと、「申し訳ありません……」とエティスが消え入るような声で謝罪した。
「彼に会って頂く前に、トワ様には先にあのこともご説明させて頂くつもりでいましたが……」
「おい、レオ!」
俺を押しのけるように、ずいっと前に出てきたのはキリィだった。
「何が嘘だ。お前、会えば絶対にわかるってそう豪語してたじゃないかっ! ほら、ちゃんとよく見ろ! 嘘なんかじゃない、コイツが、お前の大事なトワだ!」
「キリィ……、キリィもういい」
居た堪れなくなった俺は、キリィの腕を掴んでそっと引き戻す。
今の状況や、レオスが俺を見る視線のよそよそしさでなんとなく……そう、大体のことは把握できてしまった。
俺は、レオスに捨てられたのではなく、完全に忘れられているのではないか。
おそらく、瀕死の重傷を負った時にでも、記憶を……失ってしまったのだろう。
エティスはそのことを説明するために、先に俺と会って話をしてくれようとしたのだと、ようやくそう理解した。
でも、再会しても、もう意味はない。
俺は、十四年前の若かりし頃でさえ、よく言ったとしても十人並と言われていたほど、オメガとしては冴えない容姿だった。
今はきっと、目も当てられぬほどに老けて窶れてしまっているのだ。
エティスのように美しいオメガを見慣れているのなら、尚更……。
「もういい。よくわかったから」
「はあ? 何がわかったって?」
珍しく、キリィの目が怒っている。
俺はすぐにもここから出て行きたかったのだが、誰もこの場から動こうとしない。見るべきもの、聞くべきことがまだここには在るのだと言わんばかりに。
「──何が嘘だと?」
淡々と、レオスにそう問いかけたのは兄だった。
レオスは、まだ何か、俺を疑うように見ている。だが、自分が場にそぐわない失言をしたのだとはわかっているのだろう。
一瞬、言い淀んでから、レオスは静かにそれを口にした。
「……失礼を重ねると承知で、一つお尋ねしたいのだが。構わないだろうか」
レオスは、真剣な表情で、俺に乞うてくる。
俺は、黙って頷いた。
──こんな状況だったが、俺はギルドの紹介で、初めてレオスと会った日のことを思い出した。
あのときのレオスも、年下の俺に対してこんな風に丁重に話しかけてきた。とても育ちがいいのだろうな、と思ったことを覚えている。
ほとんど忘れかけていたレオスに対する第一印象を、こんな時に思い起こすなんて……。
「では、その……年齢はおいくつだろうか?」
──は?
俺だけじゃない。今、この場にいる全員の表情が全く同じだった。
「……あなたより二つ下ですから。今年で三十四になりますが?」
「う、」
う? 何だ。まさかまた「嘘だ」とでも言いかけたのだろうか。
レオスは、片手で顔を覆った。
「エティス、お前は確か、二十八だな?」
「え、ええ、その通りですが? 何ですか、藪から棒に……」
「──若い」
「は?」
「だから、この……、トワ殿の方がお前よりも若く見えると言ってるんだ!」
「はああっ!?」
エティスが、腹の底からの頓狂な声を上げた。
……いや、それはそうなるだろう。
だが、レオスはエティスの反応など全くお構いなしに、三十四だなんて嘘じゃないのか? とそんな問いを露骨に浮かべて俺を見ている。
いや、そんな嘘をついてどうする……いや、いや、ちょっと待ってくれ。これは一体どういう……?
「馬鹿だな……、またお前、トワに……」
キリィが呆然とした顔で呟く。
それを聞くなり、兄は渋面になった。そして苦い声で俺たちを……、俺とレオスを睨むようにして呟く。
「全く。私は一体、何を見せられているのだ……」




