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──レオスの父は、ロダの王の子として生まれたものの、母親が賎しい身分であったために王族として認知されず、幼くしてとある貴族の家に養子に出されたらしい。
成長してアルファであるとわかった彼は、引き取られた先の貴族の親族であるオメガの娘と結婚した。
その二人の間に生を受けたのが、レオスである。
ところが、ここで運命は思わぬ方へと転がった。
当時のロダ王家の王位継承権を持つ者たちが、まるで嘘のように次から次へと病や戦場での負傷がもとで命を落とし、次期王位を継ぐべき者が一時、ひとりもいなくなってしまった。
それでも、当時の王が健在であったなら、そこで話は終わっていた。継承者となるべき王子は、そのときまだ幼くとも、いつかは育って王太子となるからである。
ところがところが。運命はここでまたもや転がる。
今度は、狩猟中の落馬事故により、その王自身も若くして死んだのである。
王の子であるルキウスは、すでに王太子の座につくことが決まっていたものの、当時はまだ三歳になったばかりで、跡を継ぐにはさすがに幼なすぎた。
そこで、かつて王家から養子に出されたレオスの父に焦点が当てられた。
死んだ王は、レオスの父にとっては異母兄であった。母の身分は賎しくとも、彼自身はアルファである。アルファであるというだけで、本来ならば王位継承権は上位となる風潮もあった。
しかし、レオスの父にはすでに妻がいて、生まれたばかりの子もいた。ロダの王位を継ぐということは、その家族との訣別を意味する。
若くして亡くなった兄王には、それに見合う大貴族から嫁いだ若くて美しい王妃がいて、彼女との再婚が王になる絶対条件であったためだ。
結局は、周囲からの説得と圧力とに押し負ける形で、レオスの父が王になることが決まった。
彼は、王妃の嫌がらせから元の妻子の身を守るため、レオスの母を信頼できる貴族と再婚させて、のちに成長したレオスの亡命をも、陰ながら後押ししたという。
レオスの母は、夫を始めとする周囲から、レオスとともに亡命することを熱心に勧められたらしいが、それを頑として受け容れず、ロダに残って夫を支える道を選んだ。
──ずっと、自由な国の、自由な冒険者稼業に憧れていた我が子の足枷にはなりたくなかったのだろう、とエティスは語った。
「レオスは、自分の父親が、自分と母親の命を守るために、半ば脅されるようにして王になったことを知っていた。愛する者たちと無理に引き離され、望まぬ王位を継ぎ、それでもと国を案じ、その未来のためにやろうとした交易の自由化への改革が、ようやく動き始めたばかりのとき、急な病に倒れ……」
エティスの言葉はそこで途切れたが、俺も風の噂でぐらいは聞きかじっている。
曰く、レオスの父は、毒によって暗殺されたのだと……。おそらくは、成長した王太子のルキウス、あるいは王妃の手によって……。
「だからなのか。ロダに帰ってきてからも、レオスはとても慎重でした。あなたとの事は、おくびにも出さなかった。きっと、例え味方や身内であっても、ロダの人間には誰一人としてあなたのことを知られたくなかったのでしょう。ルキウスは……おそらく知ってはいたのでしょうが、あなたが自由連合側における唯一の友好国であるグリギアの貴族の子だと知ってか、さすがに直接的には手を出しかねたようですね」
ご無事で本当に何より、とエティスは微笑んだ。
ちなみに、エティス自身はレオスの母方の従弟にあたるらしい。レオスの家族が、ルキウスに捕らわれたことを知らせるあの手紙を書いたのもエティスであった。
後に、レオスの家族は俘虜交換という形で無事に解放されているが、レオス自身が戦っていたり捕らわれていたりで、ようやく再会することができたのは内乱終結の間際であったとか。
エティスは淡々と、彼自身も反国王派として身を投じたというロダの内乱について語っていく。
「──そして、十年前。密かにルキウスの陣の背後を突こうと進軍していた最中、我々は仲間の裏切りで敵の待ち伏せにあい、レオスは囚われの身になってしまいました。その後、彼は仲間たちと企てた脱獄に失敗し、さらにその仲間を庇って瀕死の重傷を負い……そのときに……、」
──それは。
まるで青天の霹靂のように、突然現れた。
エティスが話している途中で、いきなり部屋の扉が音を立てて開け放たれ。振り返った俺は、あ……っ、と声を上げたきり……、それこそ、本当に雷に撃たれたかのような衝撃を受けた。
──ああ、そんな……、まさか……。
「エティス。彼がやって来たというのは本当か?」
颯爽とした足取りで部屋に入ってきたのは、黒の礼服に身を包んだ、金髪碧眼の男。
かつてともに旅をして、愛し合って、そして離れた……。俺の最愛の『勇者』であった。
(ああ──、ああ、なんてことだ!)
嘘だろう、と俺は唇を震わせて呟く。
まさか、彼も、彼もグリギアに来ていたとは……!
生ける軍神のごとき美貌。年齢を重ねた分、その容姿は俺の記憶にある姿よりは老成しているものの、だがやはり、相変わらず美しい男だった。
だが彼は、俺の方を全く見ていなかった。真っ直ぐにその目を向けている先にいるのは、エティス……。
「ちょっと、何ですか、いきなり! 今ここに、大事なお客人がいらっしゃるのですよ! それに、呼ぶまでは入ってくるなと、あれほど!」
エティスが慌てたように叱りつけた。
「あ、ああ。それは申し訳なかった……。レオス・アルザークと申します。ではもしや、あなた方が……!」
彼は、俺たちの方にまっすぐな強い目を向ける。
そして、はじめに見たのは兄だ。だが、すぐにわずかだが首を傾げた。
その次にキリィと一瞬目が合ったようだったが、当然のように素通りをし、最後に首にチョーカーをつけた俺を見て、ハッと息を呑んだ。
そして、俺の顔をじっと見つめる。みるみるうちにその目が見開かれていく。
「レ、オ……?」
「エティス」
俺が声を震わせながら呼びかけたのをかき消す強い声で、彼が……レオスが再び言った。
「ここに彼が来ていると……、そう聞いたのだが」
「……レオス、ですからトワ様は今、あなたの目の前に……」
「嘘だ」
きっぱりとそう、レオスは言い切った。
俺のことを、食い入るように見つめてはいる。
だがその目は、見知らぬ者を見る目つきであった。




