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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第二章 元最強勇者のアルファが俺の元に帰ってくるまでの話

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8-3



          

 翌早朝。

 俺は兄とキリィとともにグレンの船で王都へと発つことになった。

 兄はまた、夕方に出る最終の定期船に乗るつもりだったようだが、「これ以上、恰好のつかねえ真似をするんじゃねえ」と、グレンが猛烈に反対をしたのだ。

 その結果、兄は初めて島に一晩泊まることになり、俺も各所に留守の間の指示を出す余裕が何とか出来た。

 俺が数日留守にすることによって、いくつか懸念される事柄はあったが、それはもうどうしようもない。ただでさえ、人手が足りていないのが現状だ。

 もっと人を雇え、と兄が言った。

 パットも完全にそれに同意したので、俺が島に帰ってから改めて算段することになった。


 イコは当然、島に置いていく。

 パットとヴォルフも島に残ってくれることになったので、俺が幾日か不在になると知っても、イコは特に心細そうな様子は見せなかった。

 急に兄が俺を迎えに来たりしたので、何か尋常ではないことが起きているとは感じているようだ。

 しかし、思い返せばこれまでイコとは、長い距離と時間を隔てて離れたことがなかった。


「安心してくれ。お前が戻るまで、イコからは目を離さずにいる」

「そうよ。だから、あんたはあんたが為すべきことを。……ね?」


 仲間たちからかけてもらった力強い言葉に励まされ、俺はまだイコが眠りの中にいる時間に、ロダからの使者が待つ王都に向けて発った。




 兄は、俺が抑制剤を服用した件を少しは気にしてくれていたらしい。

 船室で休んでいた俺の元に兄がやってきた。


「リーファス。昨日の昼食の時に話していたが、私のために無理に薬を飲んでいるというのは本当か?」

「兄上のためと、それからイコのためです」


 俺は正直に答えた。


「それに、今日はロダの使節の方とお会いするのですから。たまたまでしたが、飲んでおいて正解でした」


 すると、兄は一瞬、俺には読み取れない表情を浮かべた。


「兄上? どうかしましたか」

「……いや。無粋を承知で、お前に頼みがある」


 と、兄は手に持っていた布張りの箱から、小さなコルセットのような硬い輪を取り出して言った。


「王都にいる間だけでいい。これを装着してもらえないか」

「これは? チョーカー……ですか?」


 俺が知っているそれよりは、かなり無骨な仕様に見える革製のそれは、真ん中に大きな雫型のアレクサンドライトが一粒あしらわれているところを見ると、かなり高価なものではあるようだ。


「そう。首に嵌めて、項を守るためのモノだ。王宮では、オメガが公の場に出る際には必ずこれを着用しなければならないという決まりがある」

「……なるほど。承知しました」


 装身具というより、拘束具に見えないこともないが、それが決まりというのなら致し方ない。

 他国からの使節と、それを出迎えるグリギアの王侯貴族がおわす王宮内で、万が一にも間違いがあってはならないということだろう。

 それに、オメガであるという王妃殿下でさえ、人前にお出ましになる際には必ずこれを装着されていると聞けば、尚更俺ごときが頑迷に拒むわけにはいかなかった。



     ➕ ➕ ➕



 グリギアの王都、クロンに到着したのは、島を発った日の午後だった。

 船を降りて、港で待機していたレイブン家の紋章が描かれた馬車に乗り込むと、兄はそのまま王宮に向かうよう指示を出した。

 馬車の中では、兄もキリィもほとんど話さなかった。

 俺も黙って窓の外を流れる景色を見る。美しいが、全く馴染みのない光景だった。

 実家で暮らしていた頃も、俺は王都の魔導学校に通っていた兄とは違って、レイブン家の領地の外に出ることがあまりなかった。王都に来るのもこれでやっと三度目ぐらいである。

 ましてや、王宮の中に入ったことなど一度もない。

 王宮の正門で、一度馬車が止まった。門番からの形式的な誰何(すいか)と、それに対する御者の予め決められた(いら)えがあってはじめて、通行の許可が出るようだ。そのあと馬車はゆっくりと門をくぐりぬけ、壮麗な白亜の居館前にある車寄せに向かった。

 御者が扉を開けてくれるのを待って馬車を降りると、ポーチでは真っ白なお仕着せに身を包んだ召使いたちに一斉に出迎えられる。そのうちの一人が進み出てきて、恭しく兄とその同伴者である俺たちに向かって一礼した。

 彼を先導役にして、俺たちは床にその姿が映るほど、ピカピカに磨き立てられた広い廊下の奥へと進んだ。

 その先々で、立哨している衛兵に敬礼され、目的の部屋に至るまでの全ての扉は、次々と勝手に開いていく。

 初めて、王宮内における我が兄の権威を思い知る瞬間であった。

 俺と一緒に兄の後について歩くキリィはといえば、全く物怖じする様子もなく、いつも通りの軽快な足取りだった。

 魔導貴族の家に生まれておきながら、明らかに、俺一人だけが場違いである。気後れとまではいかないが、少々、過去における自分の行状に対してため息をつきたくなったのも事実だ。

 親に逆らい、家出した挙句に勘当された。

 理由の如何は問わず、そんな言葉によって語られる輩など、大抵はロクデナシであると相場は決まっている。


「着いたぞ」


 ある部屋の扉の前に立って、兄がこちらを振り返る。

 同じような場所をぐるぐる回ったせいで(おそらくわざとそういう造りになっている)、どこをどう歩いたのかもさっぱりわからなかったが、ここに来るまでかなりの距離を歩いた気がする。

 案内をしてくれた召使いが、(おもむろ)にその扉をノックした。


「失礼致します。ただいま、レイブン卿とそのお連れの方々が参られました」

「──承知しました。どうぞお入りください」


 東方訛りなのか……、少しクセはあるものの、穏やかな声つきの公用語が返ってくる。

 そういえば、レオスはあまり訛っていなかったな、と思い出す。

 やはり、亡命生活が長かったからだろうか。

 開かれた扉の中に、まずは兄が歩を進め、その次に俺、キリィは一番最後に入ってきた。


 部屋の中には二人の人物がいた。

 一人は、服の上からでも鍛え抜かれているとわかる肉体を持った武人で、入ってきた我々を見ると、直立の姿勢のまま、鋭い目つきを少し和らげて一礼した。おそらく、貴人の護衛役なのだろう。

 そしてもう一人は、華奢な身体つきで、淡い空色のローブを着ていた。おそらくは俺と同じ魔導師か文官、そして……、オメガであった。

 淡い金髪に、薄碧の瞳。美しいというより、可憐な感じだったが、たぶんパットと同類で、その見かけほどに若くはない。俺よりも少し歳下……いや、二十代の後半ぐらいだろうか。

 自分以外では、生まれて初めて見るオメガだった。

 俺の両親がいつも羨むように言っていた通りの、容姿端麗な……。きつい顔をした可愛げのない俺とはまるでかけはなれた、如何にもオメガらしいオメガ。唯一共通しているのは、首周りに俺と同じようなチョーカーを装着していることぐらいである。

 まず兄と挨拶を交わした彼は、次に俺を見て花のようにふわりと微笑んだ。




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