8-2
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久方ぶりに、島に仲間が全員集まった。
ゴルネイ拠点の宿屋にある食事用の広い個室で、兄が上座に座り、皆で大きなテーブルを囲む。
テーブルには、元レイブン家の料理人だったヘンドリックの心尽くしの昼食が所狭しと並んだ。
猟師のビルが獲った山猪の分厚い肉の香草焼きや、焼き目がしっかりついた腸詰め。こんがりときつね色に揚がったジャガイモに、きのこと香草と野菜をたっぷりと使ったキッシュ、魚介類の白ワイン蒸し、などなど。
イコも、グレンと一緒に宿屋の食堂で同じ物を用意してもらって食べているそうだ。
ずっと会いたがっていた大好きなキリィもいるので、出来ればここで一緒に食べさせてやりたかったが、兄が「すまないが、我々は大事な話があるので」と、やんわりとイコを宥めていた。
弟の俺でも滅多と拝めない、美しい微笑みとともに……。
昨日、島に戻ってきていたヴォルフは、キリィと手を握り合って約二年ぶりの再会を喜んだ。
だがパットは、そういうわけにはいかなかったようだ。
そして案の定、顔を合わせるやいなや、彼女はキリィを一喝した。
「あんたね! いきなり戻ってくるにしても、先に一言送って知らせるぐらいはしたらどうなのっ?」
「いや、だけど嬢さん。んな余裕もないっていうか、とにかく先回りしないとって思ってさ」
「先回り?」
「……いや、グリギアの為の情報もあるわけだし? 使節団が着くよりも先に届けないと意味ないだろ?」
「ふーん?」
パットは、片眉を吊り上げて皮肉げな表情を作ってみせる。
全く信用がないと態度で示されて、キリィは大袈裟なため息をついた。
「すまない、パトリシア嬢。私がキリエールの帰りを急がせたのだ」
と、珍しく兄が、助け舟を出すように言った。
パットは二度ほど大きく目を瞬かせた。会話に割り込まれたのが意外だったのか、それとも久々に彼女の本名で呼ばれたからか。
キリィはキリィで、皆の前で本名で呼ばれ、決まり悪げに指で頬を搔いている。
「いいえ、お気になさらないで、イヴリール様。これは、キリエール自身の誠意の有無の問題なんですから」
「だから嬢さん、ごめんて……」
相変わらずパットが強いな……、と思って見ていると、隣りに座っているヴォルフがちょいちょい、と指を曲げて俺を呼んだ。
「ヴォルフ?」
俺が少し顔を寄せると、
「大丈夫か? 顔色があまり良くないが」
ひそりと囁かれ、俺は苦笑する。
「そうか? いつもと同じだろう?」
嘯くように答えると、ヴォルフは眉を顰めた。
「パットじゃないが、そのいつも以上にだ」
誤魔化されてくれる気はなさそうなので、仕方なく気分が優れない理由の一つを打ち明けた。
「実は、抑制剤を飲んだのだが。……あまり合わなくてな」
「え? もうヒートはなくなったんじゃなかったの?」
俺たちの会話を聞き咎めたパットが、即行で割り込んでくる。
「ああ、だから一応薬を飲んでいるだけだ……。今日は兄上もいらっしゃるしな」
オメガの抑制剤とは、発情に伴う身体の昂奮作用を無理に抑え込む薬だ。
効けば発情自体は収まる。だが必ずしもではないが、副作用もある。身体中から血の気が引いたり、頭痛がしたり。時によっては吐き気を催すこともあった。
裏を返せば、この不調があるうちは本格的なヒートはまず起こらないと言っていいのだが……。
──十五年前。
初めてレオスに抱かれたあと、ヒートが来る少し前から服用するようにしていた抑制剤の効きが悪くなった。
どうやら、身体の方が『番が出来た』と認識してしまったらしい。
離ればなれになる以前にも、俺とレオスはまだその段階には進んでいなかったのだが。
獣性を持つ者同士は、アルファがオメガの項を噛むことによって、『番』という特別な関係性を築くことが出来る。
番同士になれば、オメガのヒート臭はその番った相手にしかわからなくなるのだそうだ。そして、番のアルファに抱かれなければ、オメガのヒートを鎮めることは出来ない。
そうした現象が、両者の絆を一層深めるように見えるのかもしれないが……、果たしてそうなのだろうか。
例えば、番契約によってオメガの相手は生涯ただ一人に限定される。もし仮に、アルファの方が先に死んでしまったとしてもだ。別のアルファに項を噛まれたとしても、番の契約は成立し得ないという。
ところが、アルファの場合は別のオメガの項を噛むことによって、新たな番を得ることが可能だった。
そうなると新しい番の方が、アルファへの影響力を持つことになる。過去の番のヒート臭は、そのアルファには効かなくなってしまうということだ。
番契約を結ぶことにより、オメガが安寧を得るかどうかは、相手のアルファ次第となってしまうのが実情であった。
周りに獣性を持つ者がほとんど存在しなかった俺にとっては、そうした知識は全て書物か伝聞によるものだったが、レオスは違った。
彼は、アルファとオメガの番同士から生まれた純正のアルファだったのだ。
故に、この番の契約についてはより慎重だった。
俺とはいずれ、と思ってくれていたようだが、彼はオメガである母親が、父親と別れてからも番のいないヒートに散々苦しむのを目の当たりにしてきた。
あの様子を思い出すと、と躊躇する気持ちもよくわかる。
そんなわけで、俺の項にはレオスに噛まれた痕はない。
オメガの慎みとして、常に襟が立ったローブなどを着て、項を他人に見せないようにはしてはいるが。
レオスと離れた時には既に妊娠していたので、出産を挟んで約二年間ほどは、ヒートからも免れることができた。
イコが乳離れした頃から再びヒートがやってくるようになったのだが、それはレオスと出会う以前よりもかなり緩やかな症状になっていた。
三ヶ月に一度くるはずのそれは、薬も不要なぐらいほとんど無症状で終わる時もあり、また、なったとしても軽く一瞬で終わったりするのだ。
医者の所見では、イコが難産だった所為で、俺はもうオメガとして妊娠不能な身体になってしまったのではないかという話だった。
まあ、それならそれでいいと俺は思っていた。
何せ発情したとしても、俺にはそれを鎮めてくれる相手がいないのである。
誰でもいいから抱いて欲しい、これはただの性欲処理だと、そう割り切ることが出来れば良いのだろうが、生憎と俺はそういう性質には生まれついていないし、獣性に因らない性欲はほとんどない。レオスにさえ出会ってなければ、きっと一生処女のままだったろうなという妙な確信まである。
今日も、兄が島にくるというので、一応服薬したまでだが、イコの獣性がいつ発現するかわからない今は、症状がなくてもヒートの期間中は、用心に用心を重ねて薬を飲んでおいた方がいいだろう。
俺とヴォルフの会話は(パットの所為で)兄とキリィにもはっきりと聴こえていたはずだが、二人とも特には何も言わなかった。




