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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第二章 元最強勇者のアルファが俺の元に帰ってくるまでの話

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8-1




 断崖絶壁と険しい岩場とに囲まれたレルネ島で船をつけることが出来るのは、島の南東側にある湾内だけである。

 そこに小さな港があるのだが、停泊出来るのは島の漁師の船や小型の貨物船、冒険者ギルドが運営する定期船などで、大型の軍船や商船などが停泊できるような立派な設備はない。仮にそれらで島を訪れる場合は、風待ちの船よろしく島の沖合で錨を下ろし、船に積んである上陸用のボートにわざわざ乗り換えて来なければならない。

 ──とはいえ、だ。


「すげえ浮きまくってるな……」


 波止場に立つ俺の隣で、黒いコートを肩だけで羽織った大柄な男が、その異様な光景に呆れかえったようにぼそりと呟いた。

 元海賊船の船長で、足を洗った今は、モーガン商船団の頭目となったグレン・モーガンである。

 一応は、手堅い仕事もちゃんとやっているようだが、実質的にはこのレルネ島を守るレイブン家の私兵だ。

 そのグレンと俺の視線の先では、グリギアの港から冒険者たちを乗せてきた定期船から、人がぞろぞろと降りてくるところだった。

 その中に、どこからどう見ても冒険者には見えない上等な身なりをした人物が、悠々とした足取りで降りて来るのが見える。

 彼が、周囲から浮きまくっているというのは俺も同感だったが、ここは黙って頷くだけに留めておいた。

 波止場で待ち構える俺とグレンの姿をみとめても、彼は特に足を速めるでもなく随伴の者と俺たちの前に歩み寄って来た。

 俺が軽く頭を下げる横で、グレンも大仰な仕草で三角帽子(トリコーン)を脱ぎ、主に対する礼をとった。


「兄上。ようこそお越しを。……お元気そうで何よりです」

「ああ。久しいな、リーファス」


 と、白皙の美貌を持つ男──レルネ島の領主にして、俺の兄であるイヴリール・ウユウ・レイブンは、涼しい顔つきで言った。

 俺と同じ、この大陸では標準的な色である茶褐色の目と髪だ。俺よりも兄の方が若干色が濃く、黒っぽくは見えるが、だがそれもさして珍しい色ではない。

 それであるのに、容色の違いは歴然としていた。俺と兄が二人並んでいても、実の兄弟だと見破れる者が、はたしてどれほど存在するだろうか。


「グレンも。出迎えご苦労」

「はっ。レイブン卿におかれましては、ご機嫌麗しゅう……。いやあしかし、宮廷の首席魔導師サマともあろう御仁が、まさかたった一人のお供だけでこんな(ひな)びた船に乗って来なさるとはね」

「今回は急だったからな。うちで船を仕立てるより、こちらの方が早いだろう」


 軽口めいたグレンの挨拶にも、兄は淡々とまともな答えを返す。相手の気分や気持ちが伝わっていない訳ではなく、ただ兄は昔からこういう物言いをする人だった。

 兄から、『島に行く』という知らせが来たのは、つい昨日のことだ。そこには意外な同行者の名前もあった。

 俺は、兄の斜め後ろに立つ冒険者風の旅装の男をじっと見つめる。

 男は目深に被っていたつば付きの帽子を取ると、ニヤッと笑って挨拶した。


「よ、トワちゃん久しぶり!」

「キリィ……」


 俺が挨拶を返す前に、グレンが吠えるような大声をあげた。


「ああっ、てめえ! キリィ!」

「あははっ、変わってないなあ、グレン。相変わらずむさ苦しい」

「あはは、じゃねえよ! この野郎、二年もフラフラとどこほっつき歩いてやがった!」

「どこって……知ってるだろお前はっ! コラやめろ、離せってば!」


 キリィの首に太い腕を回し、グレンはぐいぐいと締め上げる。

 大の大人が年甲斐もなくじゃれ合う様子に、兄は焦れたように眉を顰めた。


「──そのぐらいにしておけ、グレン。あまり時間がないのだ」

「兄上? 突然おいでになったことといい、何を急いでおられるのです?」


 それに、キリィもだ。この二年の間、その如才のなさと器用さを買った兄からの依頼を受け、内乱平定後のロダに滞在し、商売をしながらその情勢をつぶさに報せてくれていたはずのキリィが、俺たちには一言の断りもなくグリギアに帰ってきていた。


 ──一体、何が起きている?


 兄は、怜悧な光を湛えた目を俺に向けて言った。


「──リーファス、あれを見ろ」

 

 俺は、兄の白くて美しい指が差す先を見つめた。

 遠く沖合に、グリギアの軍船が数隻、整然と列をなして進んでいくのが見える。その列の中央に、白く優美な帆船の姿が見えた。

 だがあの船団は、この島に向かっているのではない。東南から本土へ。つまり……。


「王都に向かってるな」


 グレンが言った。俺も頷く。

 兄が言った。


「あれはロダからの使節団だ。我が国と新たな条約を結ぶため、次期国王からの親書を携えてはるばるやって来た」

「え?」

「悪い、トワ。レイブン卿から連絡をもらって、それも急な話だったんで、俺もこっちに戻ってくるので精一杯でさ」


 これ絶対嬢さんに怒られるヤツだよな、とキリィは苦笑いしながらぼやく。三十路も半ばになろうかという年齢になっても、キリィは相変わらずパットを「嬢さん」と呼ぶ。まあ、恐ろしいことにパットの見た目は、二十代の頃からほとんど変わっていないが……。

 いや、今はそんなことはどうでもよくて。


「次期国王って……、まさか」

「……安心しろ。()()()()()()()()()()()


 ぽん、とキリィは俺の肩に手を置いて言った。


「あ……」

「ただ、アイツが今すぐ帰ってくるのには、少し厄介な……、難しい事情がある。それも……これまでなかなか言えなかったんだけどさ。ごめん」


 軽い言葉つきは常と変わらなかったが、キリィのその口調は、いつになく真摯なものだった。


「今もまだ、俺からは何も言えないんだ。お前に直接、全てを話したいと言ってる人がいるから」

「全てを……? それは、一体誰だ?」


 「リーファス」と名を呼ばれ、俺は目を瞬かせて兄を見た。


「はい、兄上」

「その御方が、あの船に乗ってわざわざロダからお見えだそうだ。だから我々は、お前を王都に連れていくために来たのだよ」




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