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──ここから先は、レオスが去る前に話してくれた事に加え、俺がこの十四年の間に知り得た情報や、そこから導き出された推測を付け足したものだ。
ただし、不確実な要素によって導き出された可能性がある情報、或いはその時々に抱いた俺自身の心情については、故意に伏せる事があるのを、まずは了承願いたい。
ロダ王国は、良質な魔導石などの豊富な地下資源を有する東方の国であるが、百年以上も昔から封鎖政策を採り続けている為、クナ自由交易連合への加入も断固として拒み続けている。
しかしながら、ロダの前王──、当時の王太子であったルキウスにとっては継父となった叔父であり、レオスにとっては実父にあたる人だが──、彼は封鎖政策のせいで自国が時代に取り残され、大陸の中で孤立を深めていく現状を憂いていた。
自由連合加入国の中では唯一の交易相手であるグリギア王国の強い勧めもあって、まずは諸外国との自由な通商と交通を禁じている封鎖政策を徐々に緩和していき、もっと雑多な国々との間で自由に交易をする為の改革に着手した。
ところが……。いずれは自由連合にも加入したいと意欲を燃やし、連合側とも水面下で交渉を開始しようとしていたその矢先、前王は病に倒れ、急逝した。
その後を継いだルキウスは、前王が始めようとしていた改革を悉く廃止して国を元の状態に……、いやそれ以上の王による独裁化を強めた。
この絶望的な状況下にあっても、前王の志を継ぐ改革派も諦めることはなく、彼らとルキウス王との対立は日に日に鮮明になっていった。
結果として、ルキウスは急ぎ過ぎた。同じ独裁に染めるにしても、もっとゆっくりと丁寧に進めるべきであった。
反逆の芽が育たぬよう、時には甘やかし、自由に憧れる意思をじわじわと削いでいく懐柔策をとるべきであったのだ。
ルキウスは、あまりにも自らの内面を曝け出し過ぎたのである。
故に、多くの人々が、彼の胸底に巣食う恐れや弱みを容易に見抜いてしまったのだ。
道半ばで逝った前王の遺志を継がんとし、闘志を燃やす者たちの胸には、常にある男の存在があった。
それは、故あって王宮の外に生まれ育った前王の実の息子。
前王と同じアルファであり、容姿も生き写しの如くであったが故に、先の王妃と王太子ルキウスから激しく疎まれ、若くして自由連合本部のあるトルヴィル共和国への亡命を余儀なくされた、その者こそ……。
自由な世界で、まさに自由の象徴そのものといえる『冒険者』となったレオスである。
内乱勃発と、家族が捕縛されたという報を受けたレオスが決死の帰国を果たした当初、自由連合本部においてもその情報収集には余念がなかった。
だが前提として、レオスの祖国であるロダ王国は強い封鎖政策をとっているため、まず他国の人間が入国すること自体が極めて困難な国だ。
仮に潜入出来たとしても、情報が統制される独裁下の国では自由に動き回ることも出来ず、内部の情勢を探るのは容易なことではなかった。
しかも万が一見つかって捕まれば問答無用で投獄され、最悪の場合は裁判が開かれることもなく処刑されてしまう。
それでも自由連合やギルド本部の協力のもと、最初のうちは細い糸を辿るようにしてかろうじて追えていた帰国後のレオスの足取りや行動も、十年ほど前に一度、ふつりとその糸が切れてしまった。
内乱の指揮をとり、救国の英雄として担ぎ上げられていたレオスは、とうとう逆賊として捕らわれ、獄に繋がれてしまったのである。
その二年後には脱獄に失敗し、再度囚われの身となったという情報がもたらされた。
その際に大怪我をしたという報告もあったが、連合側ではそれ以上の情報を得られず、しばらくの間は彼の生死さえも不明であった。
──そして。
結論から先に言うと、実はロダ王国の内乱は今から二年ほど前に終結した。
しかも、レオスが指揮した反乱側が勝利して、捕らえられたルキウス王は、既に断頭台の露と消えている。
どうやら自由連合が動向を把握しきれなかった年月の間に、レオスは再び脱獄を試み、それは成功したようだった。
そして今や、レオスは名実ともに祖国の英雄となったのである。
──が、しかし。
内乱終結から二年が過ぎても、レオスは一向に俺たちの元に帰ってくる気配もなく。
……ないどころか、ロダを救った英雄の婚姻話が大陸全土を駆け巡ったのは、ひと月ほど前のことだったか。
とりあえず、俺とイコは蛇のように執念深い男から命を狙われる危険はなくなったのだが、それで「めでたしめでたし」と安堵するわけにはいかなかった。
喫緊の問題は、その英雄にはロダの王位継承権があるのか否か。
というのも、その英雄は近々、ルキウスの妻であった王妃を娶り、摂政の位に就くという情報がもたらされたからだ。
ややこしい婚姻を繰り返す因果は、ここでもまた繰り返されるようだが、それはもう、こちらの知ったことではない。
ルキウスの遺児は依然、王太子のままだ。
つまり、ロダの王座は未だ空座のまま。
もし仮にその英雄……つまりはレオスが、王の座を本気で狙っていると仮定するならば、その血を引いたイコのこれから先の人生が大きく揺らぐことにもなりかねない。
言い方に難があるかもしれないが、ロダという国が国なだけに、後々になって王座をめぐり、血で血を洗うような跡目争いに巻き込まれる可能性がないとも言い切れないからだ。
──或いは。
祖国に残り、王妃を娶ってその子である王太子を摂政として支え、生涯かけてロダの民に尽くすというのならば、彼の番でも何でもない俺にはきっと、その選択を責める資格はないのだろう。
いずれにせよ。本当は、何としてでもレオスに直接会ってイコのことを打ち明け、話し合うべきなのか。
何度もそう考えたが、未だに結論が出ない。
今の自分が、レオスにとって『何者』であるのかがよくわからないからだ。
死なれるよりは、裏切られる方がいい、などと殊勝ぶるつもりはさらさらないが、十四年もの年月が経ったとはいえ、とうに内戦が終わった今なお、一通の便りも寄越さず、俺の元には帰ってこようともしないレオスに会いに行ったところで、一体何を話せばいいのだろう。
もはや完全に、彼の過去の中に葬り去られた存在なのだとしたら。
だとすれば、彼と自分とを結びつけるものはやはりもうイコの存在だけだった。
そして当然、イコには父親について全てを知る権利があるとも思っている。
そろそろ第二性が発現するであろう我が子に、獣性について話すとなると、それは必然的に、俺とレオスのかつての関係も、さらには俺がイコを産んだオメガであるということも、全てを打ち明けることになってしまう。
それまでに、もしそれが可能であるのなら。
なんとしても一度、レオスに会いに行きたいと、俺は切実にそう願っていた。
その再会を最後に、永遠に別れる覚悟も出来ていた。




