7-2
「……父さん、ね」
と、パットがぽつりと呟く。
「あれから十四年も経ったなんて、信じられないわ」
「どうした。いやにしんみりとして」
「あんたが無邪気に父さんって呼ばれるのを見る度に、ちょっと切ない気持ちになるのはあたしだけじゃないのよ」
「そうか……」
タイミングがタイミングなだけに、何とも言い返しようがなくて、俺はパットのしんみり加減につい調子を合わせてしまう。
「ねえ、あんたこそ。いつも以上に辛気臭い雰囲気醸してるけど、なんかあった?」
「臓物の煮込みだ」
「は?」
端的過ぎて、当然ながら伝わらなかった。
「今日の昼食だ。イコに、母親もそれが好きだったのかと訊かれた」
あー、なるほどねー、と今度はいやに間延びした言い方で同情の意を示された。
「で、なんて返したの?」
「……不意を突かれたのでな。苦手だった、としか」
「ふふ、確かにレオは……、そうだったわね。ていうか、否定しても肯定しても嘘だし、でもホントでもあるし。ややこしいわね」
と、パットは慰めるように微笑む。
「……もう潮時かもしれないな」
「でも、冒険者登録が出来るのは来年、十四歳になってからでしょ?」
それまで待つんじゃなかった? と言外に問われ、俺はかぶりを振った。
「もう限界だ。あの子を見た者はほとんど気づいているし、そろそろ本人にもわかってくる頃だ。自分は他の人間とは違っていると……」
イコはまだ、第二性に目覚めてはいない。だが、獣性にも詳しい医師によると、そのうち精通を迎えればはっきりするが、優れた容姿、発達した犬歯や五感、類稀なる身体能力を見るに、アルファであることはほぼ確実だろうということだった。
しかもこの島にやってくる冒険者には、まだレオスの顔を覚えている者も多い。時々、イコを見てハッと振り向く者もいた。
実の父親が不在である理由も含め、全ての真実を告げるべき時が迫っている。
「まあ、何にせよ、あの男が戻ってくることはもうないだろうが」
「……そんなの、まだわかんないでしょ?」
向こうの国の情勢もだいぶ落ち着いてきたみたいだし、とパットはとってつけたように平坦な口ぶりで言った。
……信じていないのはお互い様だな。
「パット。俺はもう、」
……そのとき。パットが無言で人差し指を唇の前で立てた。しっ、と口の形だけで示してから玄関まで音も立てずに素早く移動すると、勢いよく扉を開け放った。
「きゃっ」
扉の前に立っていたのは、青白い顔にソバカスが目立つ痩せた少女だった。
「何の用?」
パットに冷たく見下ろされ、少女はすくみ上がった。
「あ、あのっ、ギルドに魔導信が来ておりましたので、マスターにお渡しするようにと……」
「あ、そう。だったらこんな所でぐずぐず迷わないでさっさと中に入りなさいよ。たいした話じゃなくても、立ち聞きされてるかもって思うとこっちは気分が悪いの」
パットはひったくるように少女が捧げ持っている紙を取り上げた。
魔導信とは、冒険者ギルド独自の伝達方法で、発信者が原文(暗号の場合もある)をギルドに出し、それをギルドのスタッフ(場所によってはマスターしかいないギルドもある)が、魔導電信機で受取人のいる別のギルドに送信するのである。
市井には一応、配達員がいる魔導電信局もあるが、定住しない冒険者は、専らギルドを利用することが多い。ギルドで連絡を受け取るのに日数がかかっても構わない場合は、手紙をギルドに留置する方法が一般的だった。
「すみませんっ、でもわたし、そんなつもりじゃ」
「わかっている。いいからもう行きなさい」
俺が取りなすように言うと、少女はぺこりと頭を下げて走って行った。
「ずいぶんと苛立ってるな」
俺が呆れたように言うと、パットは丁寧に折り畳まれた魔導信の紙を渡しながら、フンと鼻を鳴らした。
「ずっと気づいていたんだろう? だからわざわざイコにも『裏口から出ろ』と言った」
「あんたこそ。……あの子、メグって言ったっけ? いくら行き倒れてたからって、身元が不確かな子を雇うだなんて、いつからそんなお人好しになったのよ」
「イコに頼まれたからな」
先月、嵐のあとの浜辺で、意識不明の状態で打ち上がっていた彼女を最初に見つけたのはイコだった。
メグと名乗った少女は、自分の名前以外はほとんど何も覚えていないようだった。見たところ、歳は十六、七ぐらいだろうか。
やがて身体が回復したメグは、記憶が戻るまでの間、何でもいいから拠点で働かせて欲しいと懇願してきた。
ちょうど俺とイコの身の回りの世話をしてくれていた通いの手伝いの女性が、出産で島の外にある里へ帰ってしまうところだったので、しばらくはその代わりをやってもらうことにしたのだ。
食事と洗濯については、隣にある宿屋が全て面倒を見てくれるので、主にやってもらうことになるのは掃除ぐらいだったが。
「まあ、今のところは特に問題はないが」
「盗み聞きするのが問題ないっていうんなら、ええ、勿論、あたしにも異論はないわよ、マスター!」
パットが吠えるのを尻目に、俺は魔導信に目を通す。
発信者は、俺の兄だった。
「……明日、兄がこの島に来るそうだ」
「へえ、珍しいわね」
「……キリィも一緒だそうだが」
「え? 嘘、ほんとに?」
パットは飛び上がるように俺を見た。
さっきの今で、キリィの名前が意外なところに出てきたことに俺も驚いた。
「パットも知らなかったのか?」
「知らないし、聞いてないわよ!? アイツいつの間にロダから戻って……、どうなってるの?」
ほんの少しだけ、途方に暮れたようにパットは言った。




