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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
プロローグ

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 山頂から白灰色の薄い煙がたなびく、ゴルネイ岳の(ふもと)

 島の南東にある浜辺が見下ろせる高台に、赤土の煉瓦で造られた大小の建物群がある。

 どれも見かけは古めかしいが造りは頑丈で、山から吹き降ろす荒々しい島風にも、海から吹きつけてくる猛々しい海風にも、かなりの年数をよく耐えて建っていた。

 村というには規模が小さいその集落のことを、島を訪れる冒険者は皆それぞれが勝手に、『ゴルネイの拠点』だの『ゴルネイの陣地』などと呼ぶ。

 ゴルネイ岳を始めとした、レルネ島内に点在する大小いくつかの迷宮(ダンジョン)に向かう際、彼らが必ず立ち寄って英気を養う重要な拠点だ。

 都会にあるような大きな武器屋や防具屋はないが、露店形式の道具屋がいくつか立ち並び、腕の良い鍛冶屋や小さな交易所もあった。

 一番大きな建物には、酒場と宿屋も兼ねた冒険者ギルドがあり、昼も夜もそれなりに人の出入りがあって賑やかだ。

 これらが一箇所にまとまっているのは、ある一人の人物がその全てを取り仕切っているからだった。


 浜からその拠点にまで続く長い坂道を、手には釣竿、背中には大きな背負い袋を背負った少年が息を乱すこともなく駆け上がっていく。

 少年の名前はイコ。金髪に碧眼の美しい少年だ。もうじき十四歳になるが、既に身長は平均的な大人の男に近いぐらいはある。

 彼は朝早くから一人で海釣りに出かけたのだが、腰に提げた魚篭(びく)に魚は一匹も入っていない。それでも急いで拠点に届けたいぐらいの思わぬ大物が手に入ったのだった。


「よう、イコ坊ちゃん。相変わらずいい走りっぷりだな」


 高い石壁に囲まれた拠点に入ると、交易所の建物からのっそりと出てきた黒いコートを羽織った大柄な男に声をかけられる。

 元は海賊船の船長だったというこの苦味走った顔の男は、どういった経緯を辿ったものか、今はイコの父親でギルドマスターでもあるリーファスの主要な部下の一人だ。

 大げさでもなんでもなく、レルネ島はその周囲を彼とその部下たちが乗り込む船団によって守られている。

 イコは足を止めると、「グレンさん、こんにちは!」といつも通りに挨拶した。


「おー、こんちは。そんなに急いでるってことは、今日はついに大物でも釣り上げたか?」

「ううん、一匹も」

「わはは、なんだ。そうか」

「……魚は釣れなかったんだけど、さっき浜でビルさんにばったり会って」

 

 ビルは島で唯一の狩人だ。島の裏側にある峻厳(しゅんげん)な崖の上にある狩猟小屋で暮らしている。

 先日、とある冒険者グループからの依頼で彼らと一緒に山に入り、このところ拠点の畑を荒らし回っていたと思しき山猪を三頭も仕留めたらしい。獲物の血抜きをし、解体して(さば)いた肉や腸詰め(ソーセージ)に加工したものをたくさん分けてくれたのだった。


『今から拠点まで届けようと思っててさ、ちょうど良かったー』

 

 朝まで一睡もせずに、一人きりで(なまぐさ)い作業をしていたというビルは、眩しそうに目をしょぼつかせながら言った。

 イコはありがたく、ビルの背負い袋ごとそれを受け取った。

 ちなみに、装備品などの素材となる山猪の毛皮や牙は、手間賃代わりにと冒険者たちがほとんど言い値で買い取ってくれたそうだ。

 この山猪の退治は、確かギルドのクエストにあったものだから、狩猟のプロとして協力したビルにはさらに報酬も支払われる。ひょっとしたらボーナスがつくだろうか。山猪が荒らしていった畑の中には、魔導師でもあるリーファスがたいそう大切に育てている薬草畑も含まれていた。


『ありがとう。父さんも喜ぶよ。山猪を退治できたこともだけど、ビルさんのところの血入りのソーセージ、すっごく好きだから』

『そっか……、そりゃー良かった』


 と、ビルは照れくさそうに鼻をかく。


『そんじゃまー、マスターにもよろしく言っといてくれ』

『うん、じゃあまた』


 ──というわけで、イコは宿屋の厨房を切り盛りするヘンドリックのところまで、山猪の肉を届けに行く最中なのだった。元は貴族のお屋敷の料理番をしていたというヘンドリックは、拠点に暮らすイコたちの食事の面倒も全て見てくれている。

 

「そういやあ、さっきヘンドリックの奴、今日の昼飯は羊の臓物煮込みだとか抜かしてやがったが」


 建物の壁にもたれたグレンが男臭い顔を嫌そうにしかめながら言うと、「それは大丈夫」とイコは鼻をひくつかせながら言った。


「ヘンドリックさんはちゃんと魚介のスープも作ってくれてるみたい。こっちは多分、俺たち用の()()()()だよ」

「……ほんとか? 客用の食事じゃなくてか? つうか相変わらず鼻がいいなあ、坊ちゃん」


 俺には全くわからん、とグレンは拠点の奥にある宿屋の方向に視線を投げながら言った。


「羊はきっと、父さんとパットさん用のだよ。あの二人以外、アレはちょっと食べられないもの」

「違ぇねぇや……。臓物はなぁ。あれはわざわざ食うもんじゃねえよなあ。アイツらも素直に肉焼いて食っときゃいいのにな」

「そうだね。……あ、俺もう行かなきゃ」

「おー、急いでるところ、足止めさせちまって悪かったな」

「うん大丈夫。じゃあまたね、グレンさん」


 イコは再び、宿屋に向かって駆け出した。




 宿屋の厨房に山猪を無事に届けてから、イコはその隣にある自分の家に戻った。

 煉瓦造りの二階建ての家に、円柱の塔がくっついたヘンテコな家だ。四階建てのトンガリ屋根の塔だけが、にょきっと上に突き出ている。

 塔の中は一階から三階までが螺旋状の階段になっていて、最上階に一つだけ部屋がある。

 イコは家の中から塔に繋がる扉を開け、軽快な足取りで階段を駆け上がっていく。そして、辿り着いた部屋の扉をそっと開けた。


「……イコ?」


 落ち着いた、柔らかい男の声がした。

 塔の形そのままの丸い部屋には、質素な木の椅子と机、寝椅子などが無造作に置かれているだけ。

 燦々(さんさん)と陽が射し込むアルコーブ付きの大きな張り出し窓がなければ、この塔の上の部屋はまるで牢獄のような陰鬱(いんうつ)な在り様だっただろう。

 その張り出し窓を背に、蒼白い顔をした痩身の男がまるで隠者のような独特の雰囲気を纏って立っていた。

 髪と目の色はこの国では圧倒的に多数を占める茶褐色。首の半ばまで隠れるほど詰まった襟のある暗いオリーブ色のローブを着て、長く伸びた髪は一つ括りにしてまとめてある。

 少しつり目気味のせいか印象はややきつく見えるが、よく見れば繊細に整った顔立ちだとわかる。

 身長は、歳のわりには長身なイコよりも十センチ以上高い。細身ながらも最近少しずつ筋肉がつき始めたイコとは違って、その身体はいっそ貧弱なほどに痩せていた。

 イコは弾みをつけるようにして男に抱きつく。


「……っ、こら、危ない……!」

「父さん、ただいま!」

「ああ。おかえり、イコ」


 男のほっそりとした白い手が、イコの背中をそっと抱き返す。



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