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島の中央に聳えるゴルネイ岳の山麓にある高台に、百年以上昔に建てられたグリギアの魔導研究所がある。
複数の棟からなるその建物群は、かつて島を覆い尽くしたモンスターの群れとの戦禍を免れ、今は島を訪れる冒険者のための拠点となっていた。
そこにある主な施設は、冒険者ギルド、宿屋、交易所、鍛冶屋など。それに、露店形式の道具屋もいくつかあり、菓子類や土産物なども売られている。
俺とイコが暮らす家は、その一番奥の宿屋の隣にある。煉瓦造りのありふれた二階家だが、一つ変わっているのは四階建ての塔がくっついていることだった。
俺はその最上階にある小部屋を、自分の仕事部屋として使っている。
隣の宿屋は、一応俺が経営しているのだが、実際に宿と酒場を切り盛りしてくれているのは、料理人のヘンドリックとその奥方のミランダだ。俺は宿屋の建物内にある冒険者ギルドのマスターもしていて、どちらかと言えばそっちが本職のようになっていた。
ギルドマスターの主な仕事は、冒険者に対するクエストの募集と受付。それから冒険者へのクエストの紹介と、冒険者が受注したクエストの情報登録、そして一連の情報の徹底管理である。このうちどれか一つでも、魔導端末機への入力が間違っていれば、挑戦する資格を持っているにもかかわらず、冒険者がダンジョン内に入れなかったり、せっかくクエストをクリアしても、正当な報酬を支払えなくなったりする。
うちの場合は、俺かパットが必ず毎日、全項目をチェックすることになっていた。本部や、他のギルドへの情報の送受信の記録もだ。それ以外の事務仕事は、ジョアナというパットの遠縁にあたる女性がしっかりとやってくれている。
あとは、ダンジョンの管理人だが……実のところ、これが一番骨の折れる仕事だった。
正常に稼働できている安定したダンジョンならばいいのだが、今のレルネ島のダンジョンは、新たに魔界から現れたばかりの新生ダンジョンだ。最下層のラスボス、つまりダンジョンの主は未だに限界しておらず、冒険者たちに解放されているのは専ら浅い階層だけで、出現するモンスターも星三つの職位さえあれば充分撃破することが可能な難易度の低いエリアだけだった。
ところが、レルネ島の場合はそれが人気なのである。
三つ首竜の人気未だ衰えず、といったところか。
実際にヒュドラが復活すれば、高難易度のクエストを受けることができるパーティが、称号を狙って我先にと斃しにやってくる。
だがそれまでは、有名なダンジョン(旧ヒュドラダンジョンは既に崩壊しているが)をただただ観光したい手合いが物見遊山でやってくるわけだ。
つまり、ヒュドラダンジョンは島の……ひいては冒険者ギルドにとっても重要な観光資源だった。
ヒュドラの再来を待ちつつ、冒険者たちの安全を守るため、それなりの整備も進めていかねばならない。
俺は今、第五層以下のダンジョンマップを作成するべくほぼ毎日、島の地下に潜っていた。
もちろん、道々には転移魔法陣を敷いておき、いつでも外界に戻ってこられるようにしている。その始点となる魔法陣は、実はこの塔の部屋よりさらに上……、屋根裏部屋に隠してある。
➕ ➕ ➕
イコとともに階下に降りていくと、家の居間のソファには、純白のフレアドレスを着たピンクブロンドの髪の美女が、勝手知ったる風で座っていた。
「おはよ。そろそろお昼食べに行くでしょ? どうせ上に居るんだろうと思って、ここで待ってた」
と、俺にはふんぞり返って挨拶した彼女だったが、
「あ、パットさんだ。いらっしゃーい!」
「あらイコ、おはようー!」
塔の階段からイコが顔を覗かせて挨拶した途端、声つきや態度が一変、いや激変した。いつものことながら、やれやれだ。
「イコ、今日の夕方の船でヴォルフが戻ってくるからね。また明日からは剣の修行に付き合ってもらえるわよ」
「うん、手紙を貰ったから知ってます。じゃあ、キリィさんももうすぐ島に帰ってくる?」
「あー、あー、どうだろうねー、んー、ていうかあたしが訊きたいぐらいっていうか?」
墓穴を掘ったとばかりに、いきなり歯切れが悪くなる。まあ、気持ちはよくわかるが、面白いので俺はしばらく黙って見ていることにした。
「キリィさん、もう二年も帰ってきてないけど」
「ああー、そうね。忙しくてなかなかイコに手紙が書けないの、代わりに謝っといてくれって」
「じゃあ、キリィさんとはちゃんと連絡が取れているんだね?」
無事なんだね、良かった、とイコは心底安堵したように言った。
すると、パットがますます困った顔つきになる。彼女は基本的に嘘をつくのがとても苦手なのだ。
ヴォルフとキリィは、それぞれの本業の合間に、昔の冒険者仲間だったイコの母親を探しに行ってくれていることになっている。
だがキリィは、少し前から本業の方の仕事が忙しくなり、それで島に帰る間もなく、大陸中を飛び回っているというような話になっていた。
イコはそれを特に疑っているような感じでもないのだが、後ろめたさを感じるのか、パットはイコの前では露骨にキリィの話題を避けたがった。
「当たり前でしょう。……仲間なのよあたし達」
そろそろなんとかして、とパットに視線で圧をかけられた俺は、イコの方を向いて言った。
「イコ、先にヘンドリックの所に行ってお昼を食べておいで。俺はパットと少し話してから行くから」
「はい、父さん」
「イコ、裏口から行きなさいよ。その方が宿屋に近いから」
「はーい」
イコは無駄のない動きで勝手口があるキッチンに向かい、さっと家から出て行ってくれた。本当に聞き分けのいい素直な子で助かる。




