6-2
「は?」
俺は思考ごと一旦停止する。
「悪くないな」と呟いたのはヴォルフだった。
「そろそろ皆に提案しようかと思っていたんだが。レオスが居ない間のリーダー役を誰がやるか、この際ちゃんと決めておかないか」
「え? それならヴォルフが……」
「いや、俺は駄目だ。向いてない」
きっぱりと拒否されて俺は面食らう。俺の中では、最年長のヴォルフを頼りにしている部分が大きかったからだ。
「誰もやれとは言わんだろうが、俺もパス」
「はい、あたしも」
キリィとパットがすちゃっと片手を挙げて言った。
「いや、俺も無理だ……」
「何言ってんの。もうあんたしかいないじゃない」
「消去法か」
俺が目を据わらせると、違うわよ、とパットも見返す目に力を込めてきた。
どうやら彼女のやり込めモードを発動させてしまったようだ。
「いい? あんたはこれから島でイコと一緒に安全に隠れてなきゃいけないの。反対にヴォルフとキリィは、レオスの情報を得るためにかなり危険な場所にまで赴くことになるわ。だから、二人がちゃんと帰ってこられる本拠地と、そこをしっかりと守る人間が必要なの。ついでに、誰かがこの島のギルドマスターになっちゃえば、本部との連絡もいちいち人を介さなくて済むから楽なのよ」
「つまり、それを全部俺にやれと?」
「そうよ。リーダーはともかく、あんたは断然、裏方の方が向いてるでしょ?」
パットは勝ち誇ったように、にっこりと笑った。
ううん、と俺は思わず唸った。まずい、言い返せない。
ああ、確かに。俺は表に立って何かするよりは、裏で動く方がずっと性には合っている。
「裏方ってさあ……。せめて参謀とか、他に言い方があるだろ嬢さん」
「それで、パットは何をやるんだ?」
実働役の二人から口々に突っ込まれたパットは、フンと鼻を鳴らした。
「あたしはもちろん! 金庫番よ!」
「何だ、じゃあ今までと一緒ってことか……」
「──兼! 裏方もとい参謀の助手をやるわ。トワがイコについてなきゃダメな時は、あたしが全部、代わりにやる!」
なるほど……、とヴォルフが生真面目な顔で頷いた。
「つまり、リーダーの代理の代理だな?」
「そう、そんな感じね!」
「まあ……、嬢さんが用心棒として島に残ってくれるんなら安心か」
「でしょ?」
また俺は途中から置き去りにされていたが、何となくそれで今後の全員の役割が決まってしまった。
それでも一向に構わないと思えるのは、三人ともがレオスの子を……、イコの生命を守ることを常に念頭に置きながら行動してくれているとわかるからだ。
それに少しでも報いることが出来るのなら、俺もリーダーだろうがマスターだろうが何だって引き受ける……つもりではいたのだが。
──その後、兄の許しを得て島への移住は無事に決まったのだが、まさか冒険者ギルドの本部から、ダンジョンの管理人まで任される羽目になるとは思わなかった。
➕ ➕ ➕
──タ、タ、タ、タ、タッ、
螺旋状に造られた石の階段を軽快に駆け上がってくる足音が聴こえる。
過去を思い起こしながらの記述にぐったりと疲労し、気分を変えるために窓辺に歩み寄ろうとしていた俺は思わず口の端を上げた。誰がこの塔の上にある部屋へやって来るのかがわかったからだ。
部屋の扉が開いた瞬間には、真顔に戻ったが。
「……イコ?」
珍しくずいぶんとおとなしい扉の開き方だったので、訝るように呼んでみる。すると、満面の笑みを浮かべた金髪の少年が……、俺の最愛の一人息子が、勢いよく抱きついてきた。
「……っ、こら、危ない……!」
「父さん、ただいま!」
「……ああ。おかえり、イコ」
しょうがないなと抱き返してやると、少ししてからイコは満足げに吐息をついて離れた。
今年でもう十三歳になるはずだが……、全く、いくつになっても甘えん坊で困る。
確か朝一番に海へ釣りに出かけたはず、と思い出した俺はその釣果を聞いた。
「今日は釣れたか?」
「釣れてない!」
元気いっぱいに言われて苦笑する。
「つまり、小さな魚は逃がしたんだろう?」
「うん、前に釣ったのより大きいのを狙ったんだ」
言い当てられると、何故かイコは胸を張った。
「その代わり、今日は浜でね……」
イコは帰る途中で猟師のビルに会ったことを話し出す。
ああ、例の山猪を退治できたのか。
この拠点の野菜畑はおろか、俺が丹精込めて育てている薬草園まで踏み荒らしたにっくき獣……いや、魔獣だ。
ビルが作る血入りの腸詰めには、俺が育てたハーブもふんだんに使われている。おそらく今晩あたりの夕食に出てくるはずだ。楽しみだな。
続けてグレンやヘンドリックの話になり、そこでイコはハッとしたように一度口を噤んだ。
「どうした?」
「忘れてた。今日の昼食は二種類あるんだけど、どっちにするかヘンドリックさんが一応聞いてこいって」
「昼食が二種類? まかないだろう?」
このゴルネイの拠点で俺の下について働いてくれている者には、もれなく料理人のヘンドリックが作るまかない料理が振る舞われるが、皆だいたい同じ献立のものを食べるはずだ。
「今日は特別。最近、父さんが少し元気がないみたいだからって」
「ほう。それで、メニューは?」
「ニョッキが入った魚介スープか、羊の臓物の煮込み……」
「臓物一択だな」
俺が即答すると、イコは「やっぱり……」と何やら微妙な表情になった。
「俺、父さんと食事の好みだけは合わないかも……」
「それは仕方ない。体質が違うからな」
「体質?」
イコが首を傾げる。
「お前やグレンは戦闘時に肉体を使うから、筋肉をつけるためには肉や魚を食べる方がいい。それと一緒で俺やパットは、魔力回路の増強のために進んで臓物を食べるだけのことだ」
──昔、イコの父親にも同じことを言われ、同じように返した。そのときは、ただの俗説だろうと切って捨てられたが。
確かに根拠はないのかもしれないが、魔導師の家に生まれた俺にとって羊の臓物煮込みは、数少ない実家の味でもある。
……ヘンドリックには後で礼を言っておかねば。
ヘンドリックは、かつて俺の実家の料理番を務めていた男である。
元はと言えばイコの離乳食を始める頃に、手の込んだ料理など一度も作ったことがない俺のために、兄が島に送り込んでくれた心強い助っ人だった。以来島での暮らしがすっかり気に入って居着いてしまったのだが、俺としては大助かりだった。
「じゃあ……、か、母さんは?」
イコが、内緒話のような小さな声で言った。
「ん?」
「その、母さんも魔法使いなんでしょ? やっぱり臓物の煮込みを食べてたの?」
頬を紅潮させ、含羞むような口調でイコが訊いてきた。
滅多にはないのだが、たまに母親のことを話してもらいたがる時、いくつになってもイコは、いつもこんな風に甘い菓子をねだる子供のような顔つきになる。
「それは……」
不覚にも、俺はまともに言葉を詰まらせてしまった。
あの男……、レオスに瓜二つの顔で甘えてこられると弱いのだ。
そう……、そうなのだ。
俺を「父さん」と呼ぶこの子は、俺がオメガであり、自分を産んだ母親であることを知らない。
母親は冒険の途中で生き別れたことになっていて、今も俺の古い仲間たちが大陸中を探し歩いてくれていることになっている。
……最強勇者・レオスの息子は、嘘と真実が綯い交ぜになったそんな作り話を、物心ついた頃からずっと聞かされて育ったのだ。
だが本当は、生き別れているのは父親の方だった。




