6-1
──レオスが去ってから、十四年もの年月が過ぎた。
彼とはあの日、コテージで別れたきりだ。
仲間たちと無事に落ち合ったあと、レオスの出自や故郷に帰った経緯など、俺が知る限りのことは全員に共有した。
その後、俺の妊娠が発覚したのだ。
レオスから巨額の軍資金を得た俺たちは、それでとりあえず安全な場所に移動することにした。これまでレオスが、仲間たちと使っていた家や宿にはもういつ敵の手が回ってくるかしれず、移動先の候補からは全て除外した。
敵方にどこまでの情報収集力と実行力があるのかがわからない状態で、俺たちも度を越すほど慎重にならざるを得なかった。
あとは、オメガの俺が人目を気にせず、落ち着いて出産の準備が出来る場所ならばなお良かったが、なかなかこれという場所は思い当たらなかった。
救いの手は、意外なところから現れた。
ちょうどその頃、四体の魔神を斃すクエストを、俺たちのパーティに依頼してきたドゥーリア古王国からの強い要請で、レオスには冒険者ギルドの幹部会から『最強勇者』の称号が贈られることになったのだ。
だが、レオス本人と連絡がつかないため、その仲間である俺たちが代わりに本部に召喚された。
そこでレオスが出奔した経緯を知った幹部会は、レオスへの褒賞のついでにと、俺が出産するまで落ち着いて過ごせる家の手配や、獣性に詳しい医師と産婆を紹介してくれた。
そんなわけで、俺たちはしばらくの間、冒険者ギルド本部の保護下に入ることになった。
ちなみに、冒険者ギルドの母体は、クナ大陸自由交易連合(長くて面倒なので、たいていは自由連合とだけ称される)だ。
クナ大陸において、これに加入する国々の間では単一の通貨であるクナールが導入され、互いの国々の平和と安全を保障し合い、国境も自由に行き来が出来る。
俺たちへの厚遇に対する表向きの理由は、難しい言葉を省いてざっくりと言えば、勇者レオスの仲間たちにも多大な功績があることが認められる為、というものである。
そうではないかと薄々思っていたが、やはりギルド本部はレオスだけではなく、俺の出自や獣性についても先刻承知のようだった。
それは別にいいのだが、俺は自らのこの状況について、グリギアの兄に知らせるかどうかで深刻に思い悩んでいた。
グリギアは、その設立時から自由連合に加盟している主要な国のひとつだ。おそらく、グリギアの中枢には自由連合からすでに報告が上がっていることだろう。
ということは、王宮の首席魔道士である兄の耳にも恐らく……。
実はレオスと付き合い始めた頃から、俺は兄への連絡を意図的に避けるようになっていた。
その理由としては、約束を破り、自分がオメガであることを仲間に話してしまったこと。そして、兄から送って貰っていた抑制剤がほとんど不要になってしまったことなどだ。
挙句、他国の……それもロダの王族の血を引いたアルファとの子を身篭ったなどと……。
どこから何をどう説明したらいいものか。あとはレオスのことやロダの国情も含めて色々と思い悩んでいるうちに、あっという間に臨月を迎え──。
危うく天に召されかけるほどの難産の末に、俺はレオスと同じ金の髪と碧い瞳を持つ男の赤ん坊を、なんとか無事に産み落としたのだった。
──すでに紹介済みだが、赤ん坊にはイコと名付けた。大陸のとある地方に伝わる古い言葉で、『宝物』という意味がある。
イコを産んだあと、結局俺は全てを話す覚悟を決めて、兄のもとに一度帰る決心をした。
なんといってもグリギアは、クナ大陸でも有数の獣性に対する研究が進んだ国家であり、子を産んだ男オメガに対しても、他国に比べればかなり寛容な社会が築かれていた。
それとレオスが、帰れるようならグリギアに帰れと言った意味もだんだんわかってきたからだった。
そこで、俺と仲間たちは、俺の実家の領内にあるレルネ島に目を付けた。
レルネ島は、百年ほど前にとある勇者が引き起こしたダンジョン崩壊事故のせいで何十年もの間島ごと封鎖されていたのだが、この頃には本格的な復興事業が始まっていた。
「ギルド本部も、この島のダンジョンの復興にはかなり力を入れてるみたい。まあ、元は三つ首竜がいたんだから当然よね。もしも復活したら面白いんじゃない?」
と、パットがワクワクしながら言ったヒュドラダンジョンの件は、はっきりいってただのオマケだ。
とはいえ、ヒュドラは、冒険者なら誰しもが退治することを夢みる超激レアかつ超強大なモンスターだ。かつてレオスも、ヒュドラが復活する日を夢見て心待ちにしていたというほどだから、ワクワクする気持ちはもう、わかりすぎるほどわかるのだが。
ただ俺にとってレルネ島の真の価値は、たとえ俺たちがそこに隠れているとわかっても、地理的にロダからは遠く離れ過ぎていること、また島が持つ特性として怪しい人間が出入りしにくいことなど、容易には攻めがたい要害性にある。
「なるほど。外部からは島の領主であるレイブン家の許可を得た者、復興した後は正規のギルド登録をした冒険者しか入れない島、か。確かに、ロダの人間にとってはちょいとハードルが高いな」
そう言ってキリィも頷いたが、ヴォルフはまだ慎重だった。
「ロダ側が冒険者を買収などすれば、あるいは……。しかし、それもそうそううまくいくとも思えんな」
「そういえば、ねえ、ヴォルフ。この辺の海域って確か、何年か前にあたしらがグリギアから受けたクエストで海賊の船団を壊滅させた辺りじゃないの?」
と、グリギアの地図を睨むように凝視していたパットが言った。
それなら、俺も噂で聞いたことがある。あれは確か、クラーケン退治のついでに当時そこの海域を荒らしていた海賊団と渡り合い、レオスが勝ってグリギアに身柄を引き渡したのだったか。
「フム、そうだな。あれは、なんという連中だったか……」
「グレン。船長はグレン・モーガンだ。アイツらなら、とっくに足を洗って海運業を始めてる。グリギア王国に類稀なる操船術を見込まれて、今じゃ王国とレルネ島の間で復興のための物資を輸送してるとか」
「あら、随分と詳しいわね、キリィ」
「んー、まあ、たまたま? 俺の本業にわりと近い話だからさ」
そうなのだ。レルネ島の周りは大陸からの風と海流の関係で、時期によってはしょっちゅう天候が荒れる。
昔、グリギアが人目を忍ぶように魔導研究所などを建てたりしていたのは、人が往来するのにけっして易しい島ではなかったからだろう。
島に巨大ヒュドラのダンジョンが現れ、冒険者に解放されるようになってからは、島が持つ価値の色合いが変わってきたのだが。
「なら、有用な人材としてグレンは真っ先に押さえとくか。アイツも、俺らには逆らえないだろうから」
キリィが提案すると、ヴォルフもそれに賛同した。
「なら俺も、傭兵仲間に声をかけてみよう。さっそくだが、猟兵に一人、心当たりがある。少し変わり者だが、島暮らしは意外と性に合うかもしれない」
「あ、二人とも。もしそいつらが使えそうなら、言い値でいいから契約して。お金ならあるから」
「了解」
「わかった」
俺はまずレイブン家に行き、兄に会ってレルネ島に居住する許可を貰わなくてはならない。
それから、レオスの行方を独自ルートで追っている冒険者ギルドの本部にも話を通して……。
眠っているイコを抱きながら俺が頭の中でやるべき事を算段していると、突然、パットが俺の脳内を覗いたかのようなタイミングでそれを思いついた。
「ねえ、トワ。いっそのこと、あんたが島のギルドマスターになっちゃえば?」




