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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第一章 オメガの俺が最強勇者の子供を身ごもるまでの話

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16/29

5-4



   ➕ ➕ ➕ 



 レオスが故国に帰っていった、その数日後。

 コテージで仲間たちと無事に合流した俺は、ふとしたことから自分の身体に起きていた異変にようやく気がついた。

 いや、先に気づいたのはやはりと言おうか、何にでも目敏いパットだった。


「ちょっと、顔色が悪いわよ。ちゃんと寝てる?」

「……俺の顔色はいつも悪いが」

「そのいつもよりずっと悪いって言ってんのよ。ごはんもあんまり食べてないでしょう?」


 容赦なく詰められて、俺は力無く首を振った。正直、説明するのも億劫(おっくう)なほど具合が悪かったのだが、レオスと別れた直後なので、精神的なものかな、と思って黙っていたのだ。

 コテージの居間で話していた俺たちのそばに、どこからかキリィもやってきた。


「トワ、さっきキッチンでプラム食ってたよな?」

「え? まだ熟れてないから追熟させようと思って置いといたやつ、あんた食べちゃったの?」

 

 あれは物凄く酸っぱかったでしょう、とぎゅっと顔を顰めて言われたが、俺はまた首を振った。


「いや、とても美味しかった。まだあるんなら、もっと食べたいぐらいだ」

「…………」

「…………」

「……どうした、二人とも」


 見事なぐらいに揃って絶句したパットとキリィを見て、俺は首を傾げる。

 先に我に返ったのはキリィだった。ヴォルフに馬車を出してもらおう、と言いながら機敏な動きで居間から出て行った。


「馬車って……、今時分、一体どこへ行くんだ」


 窓の外はもう暮れかけていた。山に反射した夕陽が射し込んでくると、その直後にはもう真っ暗になる。


「誰も好き好んで行くわけじゃないわ。医者を呼びに行くの。口止め料も払わないとね」


 医者を呼ぶ。口止め料。

 まだ繋がっていない俺を見て、パットが焦れったそうに言った。


「おめでとうって言うべき? あんた多分、妊娠してるわよ」

「え?」

「全く。やってくれやがったわね、レオスの奴」

「え、ええっ?」


 俺は仰天した。



 ──結果は、パットの言った通りだった。

 俺の胎内には、新たな生命が宿っていたのだ。

 もうすぐ二ヶ月ほどになると医者からも言われ、俺もようやくその事実を受け入れた。俺のヒートの周期から見ても、それはもう間違いがなかったのだ。



「……さあ、これでこれからどうするべきなのかがハッキリしたわよね」


 パットが厳かに言うと、ヴォルフとキリィも頷いた。


 パットはもちろんだが、彼ら二人が変わらず冷静でいてくれる事が何よりも心強くてありがたかった。男のオメガが妊娠するという事実を、どうしても生理的に受け付けられないベータはかなり多い。


「レオスが、果たしてトワの妊娠まで予期していたかどうかはわからないが……」

「そりゃあしてたでしょ。確信はなかったかもだけど、こないだのヒートのときだって、クエストそっちのけでずーっとヤリまくってたんだし?」

「ちょっと嬢さん、トワが固まってる。ヒートを放ってはおけないんだから、しょうがないだろ?」


 あと、ヴォルフの話の腰も折っちゃダメだと珍しくキリィに真顔でたしなめられたパットは、ペロっと小さく舌を出した。


「あらごめんね、トワ。はい、ヴォルフも。どうぞ続けて?」

「軽いな!?」

「……。とりあえず、ここを引き払って別のところに隠れるか。元々、近いうちに出て行くつもりだったしな」


 ヴォルフが、やれやれとため息混じりに折られた話を元に戻した。


「だな。俺も賛成ー」

「そうね。一応医者には口止めしといたけど、これ以上この村にいるのは良くないわ。トワもそれでいいわね?」

「……え?」

 

 さっきのパットの言動云々よりも、早くも始まりかけていた悪阻(つわり)にげんなりとしていた所為で、俺は完全に話に取り残されていた。


「だって、レオスは言ってたんでしょ? とっても偉いレオスのお兄ちゃんは、とってもとーっても疑り深い上に、蛇みたいに執念深いって」

「……ああ」

「じゃあ、あんた絶対にヤバいわよ。レオスと付き合ってたオメガがいたなんてわかったら。もしあたしがその怖い王様のお兄ちゃんだったら、さっさとあんたを殺すか、拉致って人質にする。憎い弟の、それも勇者の子を孕んでいるのなら尚更ね」


 パットの主張はもっともだった。キリィも、今度は(いさ)めようとしない。

 それに、レオスの兄の評については、世間での風評なども考え合わせるとおそらく正しいだろうと理解できた。禍根(かこん)を断つ為ならば、きっと手段を選ばないタイプであろう。


「……俺は一度、一人でグリギアに帰ろうと思う。俺と一緒に行動することで、皆を危険な目に合わせたくない」

「馬鹿。何言ってんだ」

「そうよ、今更よ」

「今は、俺たちがバラバラになるほうが悪手だと思うが」

 

 俺の提案は、仲間たちからあっさりと却下される。

 それにね、とパットが少し改まった口調で言った。


「トワに言ったら却って気に病むかもって思ったんだけど、でもずっと黙ってるのもあれだし、言っちゃうわね。実はあたしの銀行の口座に、ある街のギルドからとんでもない額が振り込まれていたの。なんと二億クナールよ」

「なっ?」

「にっ、」

「二億だと?」


 俺だけじゃなく、キリィとヴォルフも驚いている。

 クナールは、自由交易連合に加入する国々の間で使用されている統一通貨だ。

 クナ大陸には約三十ほどの国が存在するが、その中の八割以上の国でこのクナールが使える。

 その大体の国において、ごく一般的な中流階級の一世帯あたりの収入で考えると、ひと月に十万クナールほどもあれば余裕で暮らしていけるのだ。

 ちなみに、冒険者ギルドのクエスト報酬の最低額は五千クナールから。星五つランク推奨のクエストでも、百年遊んで暮らせると言われる億を超える報酬は、まず滅多に拝めない。

 

「何かの間違いじゃないのか? ちゃんと問い合わせたのか?」


 ヴォルフの声が珍しく上擦っている。当たり前だ。そのぐらい、とんでもない大金だった。


「もちろんよ。すぐ問い合わせたわ。お金を振り込んだのは間違いなくそのギルドだったけど、でもそれはあくまで依頼を受けた代行としての処理で、振込名義人はレオスだった」

「え、レオスが?」

「そうなのよ。これは前代未聞のクエスト報酬の前払い。レオスからの依頼内容は、『トワを守れ。絶対に一人にするな』」

「な……」


 ……なんてことを。

 俺が言葉をなくして呆然としていると、パットが「つまり、わりと捨て身なわけよ」と言った。


「ほら、ロダって自由連合に加入してないでしょ? だから両替しようにも、クナーレってゴミみたいな扱いらしいじゃない。だからレオスは、全財産を最も有意義に使おうとしたってわけ。これはあたし達への報酬というより、あんたを……、そしてあんたのお腹の子を守るための()()()。少なくともあたしはそう受け取ったわ」


 なるほど、とヴォルフが頷いた。


「だからアイツは、パーティの金庫番であるパットの口座に振り込んだわけだな」

「そういうこと」

「でもレオスは、()()()()()()()()()()()()ってことは、まだ知らないんだよなぁ」


 キリィは俯き、帽子のつばに触れながら言った。


「……うん。まあ、そういうことなら、改めて乗ったよ。俺はトワとその子供を守る。でももしその後、金が残ってたらそんときは全員で山分けしようぜ、嬢さん」

「ええそうね。残ってれば、だけど」


 キリィの軽口に、パットは小さく笑った。


「よし、では早速動こう。トワもそれでいいな?」


 さっきと同じように聞かれ、今度こそ俺は頷いた。

 ひとりになるな。

 ひとりにするな。

 どちらもレオスの……、いや、リーダーの言葉だ。

 俺は自分の腹に手を当てる。ここに、何があろうと絶対に守るべき者が在る。


(レオスは……、俺のことだけでもひどく心配していた。もし子供が出来たと知っていたら……)


 さすがに決心が鈍ったかもしれない。俺を置いて行くことにも躊躇して。それはきっと、誰にとっても良くないことだった。


「……わかった。ありがとう、みんな」


 恩に着る、と俺が頭を下げると、三人はほっとした顔で、気にするな、気にしないで、と口々に言ってくれた。

 ここは俺たちも、前に進む道を選択するしかなかった。

 それが例え、勇者が往く方へは背を向ける道だったとしても。




第一章 了 (第二章に続く)


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

よろしければ、ブクマ、評価などもして頂けましたらうれしいです!

本日夜より、第二章を公開します。

引き続きよろしくお願いいたします!


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