5-1
ヴォルフが発った日から数日後。
ようやく完全にヒートが明けた俺は、朝食を摂るために宿屋の一階にある食堂に降りて行った。
窓辺のテーブルに着くと、すぐにスープとパンと、こんがり焼いたソーセージにマッシュポテトがついた皿が運ばれてくる。
いつもより空いているのは、おそらく時間が少し遅いせいだろう。大きな街道沿いにある宿なので、商人や冒険者など朝早くに発つ客が多い。
エッグスタンドに乗った半熟卵は、俺の好みよりもほんの少しだけ火が通りすぎていた。一人黙々と朝食を食べていると、パットとキリィが連れだって降りてきた。
この二人も、今日中には発つという。偶然にも同じ国出身だという彼らは、ともに一旦里帰りをすることに決めたらしい。
固いライ麦のパンに、バターとクランベリーのジャムをこれでもかというぐらいに塗りたくったパットは、はあっと面倒くさげなため息をついた。
「嫁入り前の娘が冒険者やってるの、一体何がそんなに悪いのかって思うけど。最近、親がうるさいんで、ちょっと行って黙らせてくる。キリィも、仕事で一度戻らなきゃいけないみたいだし」
「ま、俺は一応、途中までパット嬢さんの護衛も兼ねて、だな」
朝は大抵、ブラックの珈琲一杯だけで済ませてしまうキリィがまだ眠たげな顔で言った。
「……ねえ、言っとくけど。ほんとにあんたがついてくるんなら、道中でもクエスト受けながら行くからね」
「ほーい。休むと身体鈍るし、クエストをこなせば儲かるし? まあ、とにかくそこら辺の塩梅は嬢さんに任せるよ」
と、キリィは、パットの主張をふわりと受け入れた。
向かい側に並んで座る二人のやりとりを何とはなしに見ていると、俺の視線に気づいたパットがすっくと立上り、俺の隣りの席に移動してきた。
「パット?」
「……あんたも頑張んなさいよ」
声をひそめて言われ、俺は目を瞬かせた。
「え、何を……?」
「だから! これからのこと、レオスとしっかり話し合いなさいよってこと。ひと月以内にはまた合流するから、それまでに。ね?」
「いや、そもそも俺は、ケルスさんの代わりに今回のクエスト限定で参加しただけで……」
ケルスの離脱は、身体的な不調が原因と聞いている。
いつ治るのかは知らないが、まだ戻れないのだとしても、俺としてはもうここで抜けるつもりだった。
それに、いつも通りに抑制剤が効いてさえいれば、本来の予定通り、俺はもうとっくにこのパーティから離れている頃だ。
もちろん、寂しくないと言ったら絶対に嘘になるが、もともと俺はソロの冒険者で、ただ元の状態に戻るだけだ。この先は、必要があるならギルドを通じて連絡を取り合えばいいし、これはもう最初から決まっていたことだった。
どうしてもこのパーティに白魔法使いが要るのなら、俺を引き入れたときのようにまた他を当たってもらえばいいだけの話で。
こうなってしまった以上、オメガの俺がこのパーティに残れば、レオスだけじゃなく他の皆にも迷惑をかけてしまう。
──あんたまだそんなこと言ってるの、と顔を顰めて言ったパットが、次の瞬間、大きく目を見開いた。
「あー! そうだ、忘れてたっ!」
いきなり大きな声を上げる。
「な、何だ?」
「え、嬢さん、どうした?」
「そう! それよ、ケルスのおじいちゃん!」
と、パットが腰に提げたポシェットから折り畳んだ紙を引っ張り出す。
「ほら、これ。あんたたちがヒートでヤリまくってる間におじいちゃんから手紙が来てたんだった!」
「ヤ、ヤリ……、って、ちょっと、パット!」
こ、声が大きい!
食堂には他にも何組かの宿泊客が座っていて、一斉に好奇の目を向けてきた。
皆、俺たちが勇者レオスの仲間だとわかっているので、普段から特に何もなくても注目されがちなところに、今のは内容が内容だ。
俺はあたふたと、椅子から腰を上げかける。思わず身体が逃避行動に走ってしまったのだが、すぐに下手に慌てると余計に怪しまれると思い直して腰を降ろした。
キリィは面白そうにこっちを見てくるだけで、当のパットはといえばケロリとして話を続ける。
「それでね。ケルスのおじいちゃん、もう体力の限界だって。とうとう冒険者を引退するそうよ」
キリィが、あーはいはいという顔をした。当然、もう知っていたのだろう。
「あのね、ヴォルフにも先に話してたの。そしたらヴォルフも、でも俺たちにはトワがいるからもう安心だなって言ってた。……ね? もう正式にうちの専属でいいじゃない? ねっ?」
……ヴォルフめ。
離脱の挨拶の時の「またぜひ」というのは、てっきり社交辞令なのかと思っていた。
そのわりにはやけにしっかり手を握ってくるなと思ったのは……、そういう意味だったのか……。
ヴォルフの寡黙さを少し恨めしく思っていると、勇者の正装である真紅のマントを羽織ったレオスが、颯爽とオーラを振り撒きながら食堂に降りてきた。
おや。彼も今日、この街から発つつもりだろうか。
当然のように衆目を集めながら、レオスは俺たちのいるテーブルまでやってきた。
「おはよう、みんな」
「あらおはよう、レオス」
「おはよー、レオ」
「……おはよう」
朝の挨拶をしながら、さっきまでパットが座っていた俺の向かい側の席に腰を下ろしたレオスは、パッと輝くような笑顔で俺を見た。
「なあ、トワ。俺たちもそろそろここを引き払うか」
「……俺たち、も?」
俺はきょとんとしてレオスを見返す。
「ああ。でもって、しばらく二人だけで気ままに旅をしながら、親睦を深めないか?」
そう言って、さらに完全無欠の勇者スマイルを向けてこられたが、俺の脳内は「?」でいっぱいだった。
もうここで、お別れのはずなのに。
今更二人で親睦を深めてどうしようというのだろうか。
「あの。それってどういう意味……」
「うん、だからな」
ふと真顔になったレオスは、テーブルに手をつき、ずいっとこちらに身を乗り出してきた。
「トワには、これからもずっと俺たちの仲間でいて欲しいってこと。それと、俺と番になる前提で付き合って欲しいっていう意味だ」
──つ、番? 番、だと?
いきなりそう告げられた俺は、驚きのあまりすっかり固まってしまった。
だから、このときのパットとキリィがどんな表情をしていたのか、全く知らない。
……ただ、相当の時が経ってからパットに、
「もうっ! あのときは、ほんっとにあんたがド鈍でどうしようかと思ったわよ!」
と、顔を真っ赤にしながら、何故かえらく怒られたのだった。




