4-3
➕ ➕ ➕
俺が話し終えると、レオスは無言で身体を倒し、ベッドにごろりと横たわった。
……さすがに引いたか? と思っているとレオスが片手を伸ばして、俺の頬をそっと撫でてきた。
「レオス?」
「……殴りに行ってもいいか?」
「は?」
「お前の親父」
勇者のものとは思えぬ物騒な発言に、俺はフフ、と笑みをこぼす。
なんともわかりやすい慰め方だ。
「残念ながら、それはもう無理だ。……ふた月ほど前、兄から便りが来た。父が流行病を患って亡くなり、母もすぐその後を追うように同じ病気で亡くなったらしい」
……そうか、とレオスは吐息した。
「まあこれで、お前が自分の獣性や容姿に否定的な理由がよくわかったが」
「……ああ。だから誰一人、俺のヒートには巻き込むまいと思ってきた。なのに俺の慢心から、お前には迷惑をかけてしまった」
「だから謝るなと言ってるだろう」
俺はもう謝らないからな、とレオスはわざとらしく顔を顰めて言った。
「ああ。だって、レオスは悪くない」
言ってから、また笑ってしまった。これでは堂々巡りだ。レオスも苦笑していた。
「なら、グリギアに帰るのか?」
「え?」
「お前の兄は、いつかお前を呼び戻すと言ったんだろう? それも手紙に書かれてたんじゃないのか?」
ああそういえば、と俺は思った。
兄からの手紙には、いつも最小限の言葉しか綴られていない。
今回もそうだった。葬儀と埋葬はすでに終えていることと、グリギアの政情について端的に記されていただけである。
そこに俺を呼び戻そうという意思は全く感じ取れず、冒険が佳境に差し掛かっていたこともあって、俺も特には気にしていなかったのだが……。
「いや、まだ時期じゃないみたいだ。父が亡くなったからといって、勘当が解かれたわけでもないし……」
家は兄が順当に継いでいる。近いうちに、家格に合った妻も娶るだろう。不肖の弟としては、まだしばらくの間は家に寄り付かない方がいい気がした。
あとは、両親に対する俺の心情の問題だ。俺が行って墓に花を供えたところで、あの二人はさして喜びもしないだろう。臨終の際に俺のことを気にしたはずもないし……、いやむしろ、恨まれている可能性の方が高いか、などと考え出すと、まるで坂を転がり落ちるかのように気分が急降下していく。
「どうした?」
「あ、ああ。別に。だからしばらくは、気ままに旅をするつもりで……」
そのとき、扉を控えめにノックする音がした。
「は、はいっ」
俺は慌てて床に脱ぎ捨てられていた寝巻きを掴む。
「……すまない。少しだけいいだろうか」
大きな身体を屈ませ、ヴォルフが遠慮がちに顔をのぞかせた。
俺たちが部屋にこもっている間、他の仲間たちは皆それぞれ忙しく動き回っていたようだった。
パットは、ギルドで全員分の報酬を受け取ると、旅の間に各所で溜まっていたツケ払いの清算をきっちり済ませてから残った報酬を等分し、そこに各人についたボーナスを乗せておいてくれた。
先にそれを受け取ったヴォルフとキリィは、自分たちの装備品を修繕に出したり、酒場やギルドで彼らの本業にまつわる情報を集めたりしていた。ヴォルフの本業は傭兵、キリィは行商人だ。
ヴォルフが部屋に来たのは、本業の方で至急の依頼が入ったので、一時的にパーティを抜けるという報告のためだった。大陸の東方、紛争地域に近い街に向かう隊商の護衛をすることになったらしい。
さすがに今はもう色々とわかっているだろうが、俺は改めてヴォルフにも自分がオメガであることを打ち明けた。仕方がなかったとはいえ、彼だけが最後まで何も知らないままだったのが実に申し訳なかったからだ。
ヴォルフは静かな目で俺を見つめ、「話してくれてありがとう」と言った。
「レオスから聞いた。トワもちゃんと抑制剤は飲んでいたそうだな」
「ああ、勿論……。俺も、って?」
俺が首を傾げると、ヴォルフはレオスの方をちらりと見やった。
「今回のことは事故だったようだが……、レオスも、普段からかなり強い薬を飲んでいる」
「……あ。そう、だったのか」
発情による事故の用心をしていたのは、俺だけではなかったらしい。
「ああ。それも、ほぼ毎日のようにだ。外に出ると、いつどこでどんな人間に会うかもわからないからな」
「ま、毎日……?」
いや、でもそれはそうか。俺のように事故を防ぐためなのと……、あとレオスの場合は、アルファであるということを公表しているからこそ、誰がいつどんな意図を持って近づいてくるかわからないという危険もある。
もしかしたら、過去に何か危ないことがあったのかもしれない。
敢えて嫌な可能性を挙げるとするなら、ヒートに入ったオメガが、勇者であるレオスと番いたいがために、故意にフェロモンを全開にした状態で近づいてこないとも限らないのだ。
(ということは、あの夜も当然……?)
俺の隣りに黙って座っていたレオスは、俺の目線を受けて小さく頷いた。
「お前がオメガだってことは、あのときまで本当に知らなかった。だが、俺もアルファ用の抑制剤はいつも通りに飲んでいた」
「……だから。どうせ効かないって言ってたのは、そういう意味だったのか」
「ああ」
もしかしたら、俺のヒートに当てられてしまったレオスも相当混乱したのかもしれない。
改めて大変なことをしてしまったのだと、自分の認識の甘さを痛感して目が眩みかける。
と、レオスが無言で俺の肩を抱いて自分の方に引き寄せた。
「レオス?」
彼の強い目線は、まっすぐにヴォルフの方に向けられていた。
「……事故だが、事故じゃない」
レオスの発言に、俺は「は?」と頓狂な声を上げる。
「なるほど」
ヴォルフは、ふ、と息を零すように笑った。何がなるほどなのか俺にはさっぱりだったが、レオスとヴォルフの間では何かが落着したようだった。
「それじゃあな、トワ。またぜひ、一緒に旅が出来るといいな」
「……ありがとう、ヴォルフ。くれぐれもお元気で」
俺たちは固い握手を交わす。
そしてヴォルフは、レオスにはおざなりな挨拶を投げた。
「ではレオス、またな。新しいクエストが決まったらいつものように連絡してくれ」
「──ああ、わかった。またな」
レオスはいつになく神妙な面持ちで頷いた。




