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薄幸の魔導師オメガが冒険者になったら、最強勇者の子供を授かりました  作者: 碧木二三
第一章 オメガの俺が最強勇者の子供を身ごもるまでの話

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4-2


「オメガとして?」


 レオスの碧眼が剣呑さを帯びる。


 ──いや、言い方が悪かったか。


 オメガに対する性差別的な虐待を想像したのかもしれないが、それは少し違う。

 ……オメガであるとわかる前から、あの家には俺の居場所はなかった。


「俺の家は、かつてアルファの魔導師を輩出したことがあるというのが自慢だった。だが両親も兄も、美しく優秀ではあるが、皆ベータだった」


 そしてそのことが、両親にとてつもない焦燥感を抱かせた。

 グリギアの魔導貴族は、先祖代々受け継いでいく爵位や領地を持つ貴族とは異なり、徹底的な実力主義のもと、熾烈な競争の中で一代でも長く続いて生き延びねばならない。

万が一にも魔力回路の弱い後継ぎしか生まれなかった場合、容赦なくその地位を剥奪されてしまうからだ。

 何代かに一人でも、アルファが出る家門はやはりよく栄えていた。


「だが、アルファの子を熱望する両親の次子として生まれたのは、ベータですらなく、器量の悪いオメガの俺だった」

「器量の悪い? 馬鹿な……」


 と、レオスが片眉をはね上げて言うのを、俺は首を振って制止した。


「いや、別に気を遣ってもらわなくていい。さっきも言ったが、俺以外の家族はアルファと間違われても頷けるほどの美形なんだ。特に兄は……両親にとっては自慢の跡継ぎ息子だった」

「……だった?」

「ああ。だから俺のことはいつも関心外で……。でも別にそれで良かった。おかげで、うちを取り巻くグリギアの貴族社会を冷静に、そして客観的に見ることが出来た。……兄がずっと俺を守ってくれていたから、それが可能だった」

「兄……」


 どこか昏い目をしてレオスが呟いた。俺は頷き、話を続けた。


「……うちの両親も含め、年寄りたちはあまりいい顔をしなかったが、近年のグリギアでは冒険者ギルドが隆盛でな。身分や立場を問わず、若いうちに冒険者登録をする者が多い。そして上級の冒険者の間では、自分たちが体験したことを手記にするのが流行っている。それが市井(しせい)にもたくさん出回っていて、俺も幼い頃からかなりたくさん読んでいた」


 最初は兄から勧められて読み始めた気がするが、とにかくどれもこれも全部面白かった。俺が知らない外の世界で、自由気侭にクエストに挑戦する様が生き生きと書かれているものばかりで……、それが次第に羨ましくて堪らなくなった。


「俺も十四歳になったらすぐに冒険者登録をして、クエストに出たいと夢見ていた。だが、ようやくその歳になったと思ったら、俺には第二性が……オメガの獸性があることがわかった」


 両親を含め、その事実を受け入れるのにかなりの時間を要した。

 兄の時とは違い、俺がアルファだという期待は(はな)からしていなかったはずだが、両親に言わせれば地味で十人並みの器量でしかない次男がまさかオメガであるなどとは、本当に万に一つほども思っていなかったのだろう。

 俺は、母が父に対して『王妃殿下は、オメガで大層お美しい方だけれど、うちのリーファスは駄目だわ。同じオメガでも、あの子の器量では王族や貴族の家に嫁がせるのは到底無理よ』と、嘆いているのを見たことがある。

 だがそれは、早いうちに家を出て、一人で生きていこうと決意していた俺にとっては逆に願ったりの話だった。冒険者になりたい俺からすれば、オメガとしての生はあまりにも不自由すぎる。


「幸いにして、俺はいつもヒートがとても軽くて。しかもこんなオメガっぽくない容姿だから、逆に希望があるかもしれないと思いかけたとき……大変なことが起きた」

「大変なこと?」


 いつの間にか身体を寄せてきていたレオスが、俺の腰にするりと腕を回す。密着されて、仄かに甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 

「……レオス」


 藻掻きながら睨むと、レオスはふ、と唇を歪めてから手を離した。

 何かよくわからないが、急にイタズラしたくなったようだ。それ以上は手を出してきそうな様子もなかったので、俺は話を続けた。

 

「他の魔導貴族の家から、縁談を申し込まれた。長年連れ添った妻と死に別れ、あとには病弱で魔力も弱い子供が残されたやもめ男とのな」


 レオスは露骨に顔を顰めた。


「……つまり、オメガとしてその男の後妻に入れと?」

「その通り。さっきも言ったが、魔導貴族にとって強い後継の有無は死活問題だ。そこに俺というオメガが現れた。あわよくばアルファを孕むかもしれない胎を持つ俺が……」


 だが、目の色を変えて俺との結婚を申し込んできた初老の男を、父はけんもほろろに追い返したのだった。


「なんだ。ならまあ、良かったじゃないか」

「……待て。まだ続きがある」


 お楽しみはこれからだ、と俺はレオスの顔を見返し、口の端を釣り上げて笑ってみせる。笑ってでもいないとこの先は話せない。


「父は、その男の姿を見て思い至ってしまった。……明日は我が身だと。この上は一刻も早く血筋の者からアルファを出し、次代以降の魔力回路を強化させねば、いずれはうちもああなってしまうという、病的な強迫観念に取り憑かれた。そしてとうとうある日、父は俺を呼び出すなりこう言った……」


 ──リーファス。我が家門の存続のため、()()()()()()()



    ➕ ➕ ➕



 実の兄弟同士で番えという、まさに血迷ったとしか思えぬ父の言動を知った兄は激怒した。

 後にも先にも、あんなに怒った兄は見たことがない。いつも冷静沈着で、頭脳は明晰。知的な翳りのある美貌の持ち主だ。


『冒険者になりたいのだろう? だったらリーファス、こんな腐りきった家からはさっさと出て行くべきだ。あとのことは全部、この俺が引き受ける』

『え、ですが……』

『抑制剤ならば、ギルドを通じていつでも送ってやる。他にも必要なものがあれば何でも知らせてこい。俺はお前を路頭に迷わすつもりはさらさらないからな』


 そのあと、兄はまさに電光石火の速さで動いた。

 そして当座の路銀や、ギルドに登録する際に必要な保証人のサインも自ら書いて持たせてくれた。

 そしてなんでも良いから必ず仮名を使うことと、オメガであることをけっして他言しないことなどを言い含められた。登録書類に、第二性についてわざわざ申告しろという記述がないのだから、別にギルドを欺くわけではないとも言われた。

 あとは、言われた通りに両親の前で啖呵(たんか)を切り、家を出る宣言をした。

 激昂した父から勘当を言い渡された時も、全く動じることなく応じられた。何もかもが今更だったからだ。

 もとより俺は、生まれた瞬間から常に両親の関心の外に在った。兄と俺が一緒にいても、二人ともいつも兄にしか言葉をかけなかった。俺のことは、まるで見えていないかのように振る舞った。

 あの家で俺を守り、愛してくれていたのは兄だけだった。そうじゃなければ、俺はもうとっくの昔に壊れてしまっている。

 家を出るとき、兄は俺を強く抱き締めながら言った。


『……いつか、必ずお前を呼び戻す。そのときまで、どうか無事でいてくれ』





 ──このときの兄の真意を、俺が知るのはずっとずっと後のことになる。




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