4-1
目覚めたとき、ベッドに裸で寝ていたのは俺一人だった。
ヒートはもう終わったのだろうか。ぼんやりと辺りを見回しながら身体を起こす。
ずっと頭の中にかかっていた靄のようなものはすっきりと晴れて、気分も悪くなかった。
そして、肌に触れる清潔な感触。
事後、疲労困憊でヘロヘロになっていた時に抱き起こされ、清拭してもらった記憶はうっすらとあるのだが、汚れた敷布まで、いつの間にかきれいなものに取り替えられていた。
「トワ、起きたのか?」
洗面所の方から上半身が裸の男が入ってきた。レオスだ。入浴をしたのだろう、タオルを首にかけたままだった。
雫を垂らす金色の濡れ髪、上気した端整な顔立ち、筋肉がしっかりついた胸。
……ああ。彼の全てが、輝いて見える。こんな極上の男が、俺みたいな痩せぎすで、愛嬌もなく美しくもない男のオメガを抱いた……。
未だに信じがたい気持ちで呆然としていると、レオスが大股でベッドに近づいて、どかっと座った。
「気分は?」
タオルでがしがしと髪を拭きながら、ぶっきらぼうに訊かれる。
「……レオス、その……」
「また謝るつもりなら、聞かないぞ」
レオスがじろりと横目に睨んでくる。
「お前は別に、何も悪くないんだから……」
「だけど、やっぱりそうは思えないと言ったら?」
「トワ?」
「このまえ、お前が言った通りだ。お前には多分、知る権利があると思う」
俺は、小さく息を吸って吐いた。
もうすぐ皆と別れるにせよ、せめてレオスにだけはきちんと自分のことを話しておくべきだと思った。
迷惑料といったらおかしいが、まあそういう感じだろうか。
「……俺の本当の名前はリーファス。グリギアの……家名は伏せるが、とある魔導貴族の家に生まれた」
「グリギア……西方にある魔導国家だな。道理で」
合点がいったとばかりにレオスは頷いた。
冒険者になって、たったの二年ほどで俺が白魔法使いの職位を取ったことを言っているのだろう。
初めて冒険者ギルドで『職業』を登録をする時は、誰であっても最初に選べるのは『冒険者』のみである。
ランクを表す星もたった一つだけ。だが、認定証に描かれるこの一つ目の星印こそが『冒険者』たる証となる。
ギルドで探索または退治などのクエストを受け、経験値を積んで冒険者のランクが星二つになると、いよいよギルドで『職業選択』が出来るようになる。
基本の認定職は、上位職がある『剣士』『騎士』『魔法使い』。そしてそれ以外は上位職のない完結型の『専門職』となっている。
マイスターについては、冒険者側の希望がかなり反映されやすくなっていて、その職種も分野も非常に多岐に渡っている。とりあえず冒険者らしいところでいえば『格闘家』や『踊り子』など、徒手空拳で戦闘を行える者や、何をするのかよくわからないが、自由人と目される人々に一定の人気がある『吟遊詩人』。そして『木こり』や『料理人』、『神官』や『図書館司書』など、実生活での自分の身分や本職を冒険者の職業として登録する者も多くいた。
マイスターのランクは冒険者で得た星二つから始まり、それぞれの冒険を通じて得た名声や経験値に基づき、最高は四つまで獲得することができる。
最高でもたったの四つかと思う者がいるとすれば、それはよほどの無知か、あるいは冒険者ギルドが未到達な、例えば東方の……いや、具体的な国名を出してあげつらうのはよそう。
とにかくまず冒険者の星二つまでは、それなりにやっていれば本当に誰にでも取れる。ジョブチェンジ後の三つ目は努力次第だが、ちゃんと頑張ればそう難しくもない。そして、趣味や副業目的の冒険者たちは、皆大抵ここで満足して終わる。
四つ目以上は、命を賭けて本気で冒険する者たちの領域だ。つまり、真の冒険者とは星を四つ以上獲得した者を指すと言っても過言ではない。
ギルドが指定する基本の認定職では、五つ目の星を取得できる上位職が存在する。
剣士で三つ目の星を獲り、さらに魔力値が高い者には、魔法剣士を選択する権利が与えられ、騎士では白騎士と黒騎士、いずれかへの道が開かれる。
俺が職業として選択している魔法使いの上位職は白魔法使いと黒魔法使いで、要は騎士と同じで使用する大体の魔法が治癒・支援系か攻撃系かという振り分けになる。
どちらの魔法も同じぐらい使える者は、単純に好きな方を選べばいい。
ちなみに俺は、冒険者三年目には白魔法使いの上位職認定を受けていた。獲得している星の数はまだ三つだが、まとまった経験値を取得出来れば、すぐにも四つ目に手が届く位置にいる。自慢するわけではないが、ほとんどソロで地道に活動してきたにしては、これはなかなかの健闘であるといえた。
冒険者になって最初の二年間、俺は敢えて特定のパーティには入らず、主にソロで行動していた。
ギルドには魔石や薬草の採集など、ランクアップに関わる名声や経験値にさえこだわらなければ、質より量で、武具を扱えないサポート系の俺にも、一人で地道にこなせる仕事はいくらでもあった。
加えて魔導師の家に生まれた俺には、魔法や魔導術に関する薬草や魔石の知識も人よりは豊富にあるので、より質の良い物を集めるのは得意だった。
簡単なものなら攻撃魔法も少しは使えるので、下級モンスター程度なら道で出くわしたとしても怖くない。
ソロでも、ダンジョンの中にいる強いモンスターと戦う局面がないならそれで充分だった。
あとは何にでも臆せず挑戦するという気概があれば、冒険者向きといえるだろう。
家を出てからちょくちょく言われるのだが、見かけによらず俺には度胸があるらしい。
そうやって、気の向くままに国や街を転々としながら、たまにギルドの方から声をかけられた特注クエストを受けるときだけは、臨時の仲間を募集をしているパーティに加わるようになった。
高度なスキルを要するダンジョン攻略は、ソロの俺にとってはそのときにだけ味わえる貴重な経験だったからだ。
俺がレオスの一行と出会ったのもちょうどその頃のことだ。
メンバー全員がそれぞれの認定職──キリィだけはマイスターだ──で既に星四つを獲得済みで、勇者のレオスに至っては星五つの最上級ランクにまで登り詰めていた。ギルドマスターに勧められるまでもなく、彼らと共に行けば経験値の大量取得は確約されたようなものだったのだ。
会ったばかりだったレオスたちからも強く誘われ、初めて難易度の高い長期クエストの手助けをすることになったのだが、それが運の尽きだったといおうか……。
(はっきり言って、経験値に目が眩んだとはいえ……、勇者のいるパーティに長期で参加するなんて、うかうかと乗るものじゃないな)
度胸というより、ただの無謀だという気がする。
ちなみに勇者の称号は、冒険者の側から選ぶことは出来ない。賢者とならび、ギルドの幹部会によって選定された選ばれし者にのみ与えられる最上の称号だ。
その選考基準についてギルドの幹部会は一切公表していないが、俺はおそらくアルファであることが不可欠な要素なのじゃないかと睨んでいる。
「それで、魔導貴族の倅がなんでまた冒険者に?」
貴族でも身分を隠し、趣味や道楽のために仮名を使って冒険者登録をするのは別に珍しい話でもないが、俺はそういった類ではないと踏んだのだろう。
レオスに問われた俺は、ここからだと思い、また小さく息を吸って気持ちを整えた。
「十六歳のときに家出をしたんだ。出て行くならば勘当すると言われたが、一向に構わなかった。俺は、あの家でオメガとして扱われることに耐えられなくなったから」




