献身循環団体(佐藤さん編前半)
約束の日になったので僕は指定された教室の前に立ち一度深呼吸をして扉を開けた。
教室の広さは6人で利用するに適しているサイズ感で教室を持て余すことも窮屈に感じることもなさそうだ。扉の正面には窓があり、壁際にはガラス扉の棚があり中には資料が挟まれていそうなファイルがずらりと並んでいた。教室の中央には6つの椅子と机が用意されており、3席ずつ向かい合わせにくっつけられている。6つの席のうち2つの席に人が座っていた。1人は僕をこのサークルに誘ってくれたリーダーだと分かった。リーダーは僕を見ると立ち上がってリーダーの正面の席に座るように勧めた。僕は言われた席に座ってリーダーの方を見た。
リーダーは僕が席につくと話始めた。
「正人君来てくれてありがとう。この教室が献身循環団体の部室だよ。遊び道具とか全くなくて質素な感じだけど我慢してね。僕の左に座ってるこの子は池田葵ちゃんです」
池田先輩はリーダーに紹介されると軽く会釈をして「よろしく」とだけ言った。
僕も池田先輩の方をみて軽く会釈をして「高部正人です。よろしくお願いします」と言った。
初対面の彼女の印象は年上ではあるので僕に比べて大人らしさがあるが背が低めだからか小動物のような可愛さを感じ、物静かですごく落ち着いている印象を受けた。おこがましくも彼女を守ってあげたいと思ってしまうような存在だった。
実際に話してみると僕よりもずっとしっかりしていて守るどころか守られる側であった。
リーダーは僕たちの自己紹介が終わると僕に再び話始めた。
「正人君早速なんだけど、依頼が入ってるので葵ちゃんと一緒に解決しに行ってもらえるかな。内容については葵ちゃんが向かっている途中に話してくれるから」
僕は「わかりました」と言って池田先輩の方を見た。池田先輩は外出する準備をして「正人君行こうか」と声をかけてくれた。池田先輩が席を立って扉の方に向かったので僕も立ち上がって荷物を持って扉の方に向かい池田先輩の後についていった。
外に出ると僕と池田先輩は横並びに歩いていた。池田先輩が緊急時のために連絡先を交換しておこうと言ったので僕は池田先輩と連絡先を交換した。連絡先を交換すると池田先輩は資料を取り出して今回の依頼内容について説明してくれた。
「今回の依頼は88歳女性の佐藤さんという方からの依頼で買い物と家と庭の掃除をして欲しいとのことだよ。身体が悪くて買い物に行けないから代わりに買い物をしてほしいとのことです。家の掃除があまりできていないので代わりにおこなってほしい、庭も雑草が生い茂ってきているので刈ってほしいとのことです。2人でこの依頼を解決することが今日の目標だよ。結構大変だと思うけど正人君大丈夫?」
資料と前を交互に向けられていた視線を僕の方に向けて池田先輩は聞いてきた。
僕は反射的に「大丈夫です」と答えた。池田先輩は僕の返事を聞くと微笑んで「よかった」と言った。
彼女はまさに理想的な女性で天使が実在するのだと確信するほどだった。
僕たちは歩いて近くのバス停までいきそこからバスに乗って依頼主宅の近くで降りて、再び歩いて依頼主宅に向かった。バスの中では学校のことや趣味について話していた。池田先輩は物静かであまり話をするタイプではないと思っていたが僕のことを気遣ってなのかたくさん質問をしてくれた。先輩は1人暮らしで家でよく料理をするらしい。
バス停から10分ほど歩くと依頼主宅に着いた。池田先輩が着いたよと言って家を指さしたので僕はそちらを向いた。その家は木造の平屋ですごく立派な家だった。心の中で今日はこの家を掃除するのかと少し絶望してしまうほど大きな家だった。先輩は僕のそんな考えをよそにインターホンを押していた。しばらくして池田先輩が僕に向かって「入っていいよ、だって」と言ったので2人でドアをがらがらといわせながら開けて中に入った。僕たちはお邪魔しますと言って靴を脱ぎリビングらしきところの扉を開けて中に入ると椅子に座っている依頼主らしきおばあさんが座っていた。おばあさんは僕たちを見るとすこしかすれた声でいらっしゃいと言って微笑み椅子に座るように案内した。
おばあさんは「わざわざありがとうね」と僕たちを労わってくれた。
「最近は身体が痛くて買い物行くのがつらくてね、息子に買い物してきてもらってるんだけど今週は忙しくて来れないらしくて。このままじゃ食べ物なくなっちゃうから困ったなと思ってたところに息子が献身循環団体さんをネットで見つけたらしくて。これは助かるなと思って依頼させてもらったの。本当に今回はよろしくお願いします」
おばあちゃんはゆっくりと丁寧な言葉で僕たちに依頼までの経緯を話してくれた。
池田先輩はおばあさんの話を聞いて「佐藤さん今回は依頼していただきありがとうございます。お話は息子さんからいろいろ伺っております。私たちができることを精一杯させていただきますので本日はどうぞよろしくお願いします」と言って会釈をした。
先輩の言葉を聞いて僕も「よろしくお願いします」と言って会釈をした。僕と池田先輩はおばあさんに自己紹介をした。
おばあさんは僕たちの言葉を聞いてうなずいて微笑んでお茶と茶菓子出すねと言って身体を痛そうにしながら机に手をついて立ち上がろうとしたが池田先輩が「大丈夫ですよ」言った。しかし、おばあさんは流石に悪いと言って再び立ち上がろうとしたので池田先輩も立ち上がって、場所を教えていただければ私が用意しますよと言っておばあさんに椅子に座って安静にしているようにすすめた。おばあさんは納得したのか池田先輩にお茶のある場所と茶菓子のある場所を教えた。僕も手伝おうと思い立ち上がっておばあさんに湯呑の位置を聞いて取り出した。湯呑を池田先輩に渡して茶菓子を机にもっていった。池田先輩は「正人君ありがとう」と言ってくれた。池田先輩がお茶をいれてくれている間に僕は椅子に座って茶菓子をつまみながらおばあさんと話をしていた。池田先輩がお茶を持ってきて椅子に座るとお茶を飲みながら今日の作戦会議をした。おばあさんは買い物リストを見せてくれた。メモに書かれているのは食品がほとんどで後はティッシュペーパーと洗剤だった。1人で持つには少し多いので最初2人で近くのスーパーに行き、帰ってきてから僕が庭の掃除をして池田先輩が家の掃除をすることになった。
僕たちは歩いて30分ほどのところにあるスーパーに行った。僕がカートを押して池田先輩がおばあさんに渡されたメモを見ながら商品を選んでカゴに入れていった。僕は池田先輩を金魚の糞のようについていき買い物している先輩を見ていた。カゴがいっぱいになると池田先輩はレジにいこうかと言った。僕は池田先輩の発言を聞いて頷いてカートをレジに向かって押した。レジに着くとカゴをレジの台に置きキャッシャーが商品を清算済みのカゴに移していく過程をみていた。すべての商品をスキャンし終わると先輩は代金を支払った。僕たちは商品をエコバッグに詰めてスーパーを後にした。来た道を同じように30分歩きおばあさんの家に戻った。
おばあさんの家の扉を開けて玄関に入った瞬間一度に疲れが押し寄せてきて僕は持っていた荷物を床に置いて座り込んだ。30分間この荷物を持って歩くのはかなりハードだった。池田先輩は歩いている時に僕を気遣って「正人君その荷物重いでしょ、半分持とうか」と言ってくれたが、僕は断り続けて最後まで1人で持ち続けた。池田先輩は玄関に座り込んでいる横で靴を脱ぐと「荷物持ってくれてありがとう。ゆっくり休んでていいからね」と言って荷物を持ってリビングに行った。先輩のこうやってお礼を言ってくれるところが好きだ。しっかり自分のことを見てくれているのだと認識できるから。
僕も靴を脱いで先輩の後を追うようにリビングに行った。リビングではおばあさんがテレビでニュースを見ていた。おばあさんは僕たちが帰ってきたことに気づくとテレビをけして僕たちに感謝を述べて食品を冷蔵庫に戻すのを手伝ってくれた。おばあさんは立つと背が少し曲がっていることが分かり池田先輩の隣に立つと池田先輩よりも背が低いことが分かった。
荷物を片付け終わると3人とも椅子に座って池田先輩はおばあさんに預かっていたお金とレシートの入った封筒を渡した。おばあさんは「ありがとう、お金足りた?」と訊いてきた。
池田先輩は「足りましたよ。多くもらいすぎたぐらいです」と言った。おばあさんは池田先輩の言葉を聞いて笑った。
「高部さんもありがとうね、荷物重かったでしょう」とおばあさんは訊いてきた。
僕は「全然大丈夫ですよ、運動不足だったのでいい運動になりました」と言った。
「本当、良かった。若い男の子はやっぱり力持ちだね」
僕は「そうですかね、僕の腕はもう限界をむかえてます」と言った。
おばあさんは「徒歩だったらスーパー結構遠かったでしょう」と訊いてきた。
池田先輩は「そうですね、意外と時間かかりましたけど正人君と話していたので楽しかったですよ」と言った。
僕は先輩の発言に不意を突かれて照れてしまって何も言葉が出なかった。
おばあさんは「それは良かったね。私もおじいさんと散歩してる時すごく楽しかったね。一年中歩いてても楽しいんじゃないかと思うぐらいにね。今では1人になって身体も悪くなって叶わなくなったけどね」と言った。
僕と池田先輩は黙っておばあさんの話を聞いていた。
それから20分ほど休憩して池田先輩が「正人君そろそろ片付け始めようか」と言って立ち上がり長い髪をヘアゴムで結んだ。僕は「はい」と返事をして立ち上がった。




