はじまり
夢も希望もない大学生なんて星の数ほどいるだろう。その中の一つが僕だ。
そんな僕でも大学には毎日通っている。
何のためにと聞かれると特に理由などないのだが強いて言えば、社会から疎外されないためだろう。
社会で生きていくステータス欲しさに毎日学校に通い、課題をする。
つまらない人生だと自分自身でも思う。
この人生に価値などあるのだろうか。
僕のような人間よりも生きるべき人達が亡くなっていく、その人たちに僕の寿命を譲渡したいものだ。
そんな僕の過去と未来の話。
今日は休日だが珍しく外出をして四条通で買い物をした。
海外の人も日本人もひしめき合っている。人が多いところが苦手の僕にとっては難敵のような場所だが大学生らしい服装を探すためには仕方がない事だ。
高校生のうちは制服を着ていればよかったが大学生になると私服を着ないといけなくなるのでそこが非常に面倒だ。店舗の中に入って衣服を見るがかなりいい値段のするものばかりだ。店員さんに「何かお探しですか?」と聞かれ、「ちょっと見てるだけです」と返して店舗の外に出てしまった。その後もいくつかの店舗を見たがどれが良いのかよくわからなかった。
四条通から少し離れて、歩いていく中で手ごろの値段で売っている店舗があったので立ち寄ってみた。
その店舗で吟味してる雰囲気を出しながら買うものをテンポよく決めていった。
結局買ったのはデニムのズボンと白の長ズボン、青色のパーカ、胸のあたりにロゴの入っている白Tシャツだけだった。これなら家の近くのプチプラでよかったのではないだろうかと思ったが気にしないことにした。
購入した衣服の入った袋を右手に抱えながら烏丸御池駅で東西線に乗り山科駅に向かった。
山科駅で地下鉄を降りてJR在来線に乗るために改札を出て少し地下道を歩き、長い階段を上る。電車の時間まで少しあったのでコンビニの前にあるベンチに腰を掛けて歩き回って疲れた体を癒す。
山科駅は京都駅に比べると人が少ないので気持ちが楽だ。
静かにして落ち着いた気持ちになろうと思い、少し目をつぶろうとした。
その瞬間に静かとは到底思えない泣き声が聞こえてきた。
泣き声の方に目をやると一人の少女が泣いている。
僕は人助けというのを表立ってする人間でもなく、ましてや相手は女の子だ。不審者と勘違いされても困る。お願いだから誰か声をかけてあげてと心の中で強く思ったがその願いは叶わなかった。
1分ほど経って我慢ができなくなった。この状況をほっておくほど薄情ではないので仕方なく動くことにした。
自販機の近くで泣いている少女に声をかける。
「大丈夫?どうかしたの?」
少女は泣いて鼻水も垂らしている。何も言葉を発しなかったのでとりあえずポケットティッシュを差し出した。少女はポケットティッシュで鼻水をかむと少し落ち着いたのか話してくれた。
「お母さんとお姉ちゃんとはぐれたの」涙声で発せられた言葉を聞いて状況を察した。
スーパーやデパートならサービスカウンターに声をかければいいが駅ではどこに言うべきなのだろうか駅員さんに伝えるべきだろうか。迷っていると少女が話し出した。
「お兄さん、お母さんとお姉ちゃんが来るまで一緒にいてくれませんか?」
僕は正直困惑した。いつ来るかわからない人を待つというのは正直苦痛だ。それなら、交番に預けるなりして連絡を取ってもらうのが賢明だ。
とは言え、僕は人と話すのが苦手なのでさっきのベンチでおとなしく少女と待っていることにした。
少女は1人で自分の話や学校の話をずっと話しているので僕はそれを聞いて相槌を打ちながら明るくなっていく少女の顔を見ながら暗くなっていく空をチラ見した。
空の感じからしてかなり時間が経ったのだと分かった。それだけ時間が経つと少女も泣いていたと思えないほど明るく元気に話をしている。泣いていた名残は赤くなった目の周りぐらいだろう。
こんなに楽しそうに話をする純粋無垢な感じがすごく羨ましく感じた。今の自分とは正反対の存在だ。
涙も収まった少女の顔を見ると幼い可愛さと将来美人になりそうな雰囲気を感じた。
サラサラの長い髪と笑うと細くなる目、僕がもしもっと遅く生まれていたとしたら惚れていただろう。
「お兄さんのお家はここから近いですか?」少女が唐突に僕に質問をしてきた。
「そうだね、近い方だよ」
「何小学校出身ですか?」
小学生の行動範囲のことを考えずに近いと言ってしまったことを後悔した。大人になると行動範囲が広くなるので隣の県でも近く感じるが小学生からすればかなりの遠出なのだ。
「ごめん、ここら辺じゃなくて隣の県なんだ」
少女は少し考えている表情をした。
「県って都道府県のことですか?」
「そうだよ」
「あ、この前学校で習いました」
「この前習ったところなんだね」
僕もこのぐらいの時期に都道府県について習ったのかと思い出した。今は当たり前に使っている言葉も知識もすべて過去の僕が学んだことなのだと考えた。知識が定着して同じ言葉を何度も使うとその言葉に対する価値がなくなってしまう。覚えるときはその言葉を反芻して一生懸命に覚えようとするのに。
「そうです、今いるのが京都府だから隣の県は滋賀県ですか?」
少女は自分の知識を確かめるように僕に尋ねた。
「合ってるよ。すごいね」
「よかった。ありがとうございます」
少女は目一杯の笑顔で答えた。
そこから少女は僕の家の近くのことをたくさん訊いてきた。僕にとっては当たり前のことでも少女にとってはすごく不思議で特別なことのように反応をしてくれるので話していてすごく楽しかった。
終わりがわからない、でもすごく楽しい時間に突然終わりが迎えた。
少女が「おかあさん」と言って走り出した。少女が走り出した方を見るとお母さんらしき女性と大学生ぐらいのお姉さんが立っていた。お母さんがしゃがんで少女を抱擁した。言葉と行動で親子の愛情を確かめ合っているようだった。その空間は他の者を寄せ付けない尊さがあった。
感動の再開というべき状況を目にすることができた。感動の再開を邪魔するのもお礼を言われるのも申し訳ないので僕は改札を通ってホームに向かった。
電車の中は人が多く座ることができなかったが左から右に流れていく景色を見ながら少しいい気分で帰宅できた。普段ならしないおばあちゃんの荷物を持ってあげるという典型的ないい人ムーブをかますほどだった。




