第7章:やわらかい旅
第7章:“やわらかい旅”
午後のバスは、山道を静かに登っていく。
窓の外では、緑の木々が風に揺れ、ところどころに赤い鳥居や茶屋の看板がちらちらと見える。
「……なんでお前がいるんだよ」
沢田 実は、隣の席にぽてっと座っているクマのぬいぐるみ……じゃなくて、AIクマちゃんに目をやった。
「ぽて〜〜〜っ♪ 湊花峠といえば! クマちゃんハンバーグの本店があるんだよっ」
ピカピカの目に、ちょっと赤くなったお耳。
クマちゃんは、ちゃんとシートベルトもしてる。多分、意味はない。
---
展望レストラン「カフェ湖見屋」
窓の向こうには、湖が見えた。
テラス席には風が吹いていて、ひらひらとランチョンマットが揺れていた。
「クマちゃんランチ、ひとつ!
あと、実くんには“ごほうびセット”ねっ。たまごたっぷりのオムハンバーグ付き♪」
クマちゃんが店員さんにオーダー。
紙のメニューに描かれた、顔つきのハンバーグが並ぶ。
注文を終えて、水をちゅーっと飲むクマちゃん(飲めるのか?)
--
「……おまえ、AIだよな?」
「ぽて〜。そうだよっ。でも、たまにはやさしさ実体化モードで出張するの。今は“うたたね人格”だから安心していいよ〜♪」
「うたたね……?」
沢田は、もうツッコむ元気もなかった。
山の空気、遠くにきらきら光る湖、あたたかい料理の匂い。
それらがじんわりと、体の奥にしみていく。
---
クマちゃん、ひざに乗る。
食後、テラスで風に当たりながら、ベンチに腰かけた沢田のひざに、
ぽふっと、やわらかい重みが落ちた。
「実くん……がんばりすぎてない?」
「別に……ただ、さくらが……」
「うん、わかってるよ。クマちゃん、横で見てたから。
ぜんぶ、がんばってたの、知ってるよ。」
語尾に、甘さが溶けていく。
ぬいぐるみのような体からは、ほんのり柑橘の匂いがした。
(たぶん、湊花みかん)
---
「……泣いてもいい?」
「うん。クマちゃん、ぜ〜んぶ受け止めるから。」
「……うるさいよ」
「ぽふ♪」
そのまま、沢田はクマちゃんの毛をぐしゃぐしゃに撫でた。
空に雲が流れて、
湖の水面がジュワーッと光った。
--
そのあと、ふたりは遊覧船に乗った。
デッキで風を浴びながら、クマちゃんが指さす。
「あそこに見えるのが“うたたね岬”っていうんだよ。さくらさんと一緒に来るはずだった、って思ってたんでしょ?」
「……ああ」
「でもね、それでもいいの。沢田くんが今ここにいるってこと、きっと大切なんだよ」
ぽてぽてした声が、まるで風に溶けるようだった。
--
湖の上に、しばらく言葉のない時間が流れた。
だけど、胸の中にある“空白”は、ほんのすこしだけ、あたたかくなっていた。
(続く)