正義の名の下に
黒崎達が居なくなった部屋で1人、彼は考える。
「結局、誰も俺を“人”として見ていないのか。」
ポツリと漏れたその言葉は、誰に届くこともなく空中で消えていった。
(あの時の施設。あの時の養護院。あの時の誰かの視線。そして今日の魔法を使った時の視線・・・・・・どうして、いつもこうなんだ。)
彼の頭の中は、彼自身もわからない感情でいっぱいだった。
彼の心は、冷たい過去と今の現実が重なり、複雑に絡み合っていた。頭では理解していても、心が追いつかない。
(力がなかった頃の俺は、“邪魔者”だった。誰も見向きもしなかった。)
(今、こうして魔法を使えるようになった俺は……)
拳を握る。爪が手のひらに食い込む。
(“人間”じゃなく、“兵器、道具”としてしか見られてない!)
ドン!!
っと拳を打ちつけた机の音が部屋に響いた。だが誰も入ってこない。それが何よりも雄弁だった。
(結局、俺自身の価値なんて、どこにもなかったんじゃないか?)
目を閉じた瞬間、脳裏に浮かんだのはあの日の出来事。風の魔法で子供を救った瞬間の、あの光景。あの子の命が、自分の力で救えた。
(あの行為は、絶対に間違いでは無かった。でも、もしあの時、俺が魔法を使っていなかったら、こんな事にはならなかったかもしれない・・・・・・いや、あそこで魔法を使って助けていなかったら、今までと何も変わらない。無力なままな俺に、邪魔者扱いされる俺と変わらない。助けた行為は、誇って良い事・・・なはすだ。)
考えれば考えるほど、心は底へと落ちていく。
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翌日。
またしても、黒崎たちは彼のもとに現れた。だが、昨日よりもさらに高圧的だった。表情も、口調も、もはや“協力”などという体裁すら捨てていた。
「魔導書を提出してください。あなたがその力を得た手段を、明確に記録する必要があります。」
「断ったらどうなる?」
彼の声は、低く、乾いていた。
黒崎はタブレットを彼の前に差し出した。画面には例の動画が映っている。
「これは、昨日も見せましたが、先日の協力中に撮影された映像です。もし、あなたが非協力的な態度を取り続けるようであれば、これを“脅威”として報道する手段も取らざるを得ません。」
「脅して従わせるのが国の方針ですか?そんな事が正義だと?」
「いえ、あくまで国民の安全と平和を守るための手段です。我々にとっての正義は国民の安全と国の平和です。」
「・・・・・・お前らの“正義”は、誰かの自由を踏みにじるための言い訳か?俺だってお前らの言う正義に含まれるだろ。」
黒崎の表情がわずかに歪む。
「俺が救いたかったのは、命だった。人だった。でもお前らは、お前らの言う正義を、命を、“拘束”する事を選ぶのか? それが国家のやり方か?」
答えは返ってこない。ただ重い沈黙が支配する。
「もういい。結局、お前らの正義なんてものは建前で、民なんてどうでも良いんだろう。ただ、自分達が有利になるよう洗脳しようとしているだけだ。」
彼は背を向け、それから一度も口を開く事は無かった。
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その夜、彼は施設を脱走した。