接触
それから数日後の朝。
彼が泊まっていた簡易ホテルのフロントに、突然スーツ姿の男たちが現れた。
「失礼、少々お時間をいただけますか?」
まるで役所の職員のような物腰。だが、その後ろには警察官のような制服を着た数人が控えている。
「な、何でしょうか?」
「着いてきてください。」
彼は戸惑いながらも、そのまま黒い車に乗せられた。
連れて行かれたのは警察署でも、役所でもない――
どこか郊外の、コンクリート剥き出しの巨大な建物だった。
「こちらの部屋で、少しだけお話を。」
そう通されたのは、ガラス張りの部屋。
監視カメラと録音装置が設置され、天井には微かに動く通気口。
彼は明らかに“観察される側”として扱われていた。
そこへ現れた1人の官僚風の男が、名刺を差し出してきた。
「内閣府直属・特殊現象対策局、黒崎と申します」
「・・・そんなのあるんですね。」
「存在は公開されていません。ですが、今回の件は例外です」
男は、静かに語り始めた。
「あなたが使った“あの力”。我々はそれを“魔法”と仮定し、調査を進めています」
「もし可能であれば、その力について、詳しく教えていただけませんか」
「・・・いや、俺だってまだよく分かってない。偶然、というか、本・・・魔導書っていう本に、書いてあったんですよ。」
黒崎は、無表情でメモを取りながら頷いた。
「なるほど。“魔導書”のようなものですね。そちらの内容も後ほど、拝見できれば」
「それは・・・・・・ちょっと」
警戒する彼に、黒崎は言葉を選びながら続ける。
「あなたは、世界にとって非常に重要な存在です。今後も、その力を“安全に”扱えるよう、共に協力していきたいと思っています」
「協力?」
その言葉に、ほんの少し安心しかけた――が、そのあとで言われた言葉に心が冷えた。
「あなたの力は我々にとって未知の力で、危険な物にしか見えない。まずは、あなたが“どこまでその魔法らしき物が使えるのか”。検証させていただけますか?」
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彼が案内されたのは、地下にある広大なコンクリートの空間だった。
無機質な照明と、四方に設置されたカメラ。
壁の裏側には防爆ガラスと厚い鉄板が張られ、まるで実験施設というより、隔離空間だった。
「ここで、先日あなたが行った“現象”を再現していただけますか?」
そう言った黒崎の声は丁寧だったが、目は笑っていなかった。
その隣には複数の防護服を着た人間が立ち並び、距離を取っている。
「まるで俺が新種のウイルスを持ってるかのような反応だな・・・。」
彼はそうつぶやきながらも、深く息を吸った。
「わかった。じゃあ、やってみるよ。」
彼が静かに詠唱を始める。
「風よ。時を裂き、刹那の盾となれ。」
呪文が終わると同時に、空間の中心に透明な風の壁が円状に現れた。
空気が圧縮されるような重圧と、吹き抜ける突風が周囲を包む。
警戒していた政府関係者たちは、思わず後ずさった。
「な・・・なんだこれは・・・・・・!」
「ありえるのか、こんな事!?実際に、物理的干渉が起きている!」
「バリアのように・・・!本当に、言葉ひとつで発動したのか?」
ガラス越しの部屋では、研究者たちが一斉にパネルを叩き、データを記録していた。