この世界はあまりにも
1人の少年が虐められていたのだ。
「何をしているんだ、やめろ!」と心の中で声を上げるが、体は何も動かない。
同乗していた政府関係者の人間は、気づいていないのか、前を向いたままだ。
「子供が虐められていますよ。助けないんですか?」
「今はお前を連れていく事の方が大切だ。」
「子供1人の命が掛かってるんだぞ。お前らの誰か1人が動けば、それだけで1人の命が助かるんだ。」
「俺達の仕事はお前を乗せて、施設まで連れていく事だ。これは国とっても最重要任務だ。子供1人を助ける為に動くわけには行かない。それに、命がかかってる訳ではない。」
「国の為?お前らの私利私欲の為だろ。あの子も未来あるこの国の民だぞ。」
「未来ある?はっ!馬鹿な事を言うなよ。あの負け組に、未来なんかある訳ないだろ。死んだ所で、なんら影響はない。」
彼との会話が面倒くさくなったのか、本心を曝け出す。
馬鹿にしたように少年の方を見て、そんな事を言った。
瞬間、空気が震える。
「もういい、お前らと話すだけ無駄だな。」
(・・・なぜ俺は、死のうとしてたんだろうか。あの子のように、困っている子が居る。でも、国の上の方の人間は、どいつもこいつも自分の為ににだけ動き、国民を見捨てる。そんな奴らに、従う意味なんてない。
今の俺は、国を相手にした所で負けない程の力を手に入れたんだから。)
窓を開けると、少年達の会話が聞こえる。
「こいつ、また親に捨てられた孤児だろ?だからこんなところでうろうろしてんだよ。」
「マジで、こんな奴が生きてる意味あんのかよ?」
その言葉に、彼は思わず足を止めた。
孤児――それはまさに、彼自身が子供の頃と同じ状況だ。
誰にも愛されず、ただただ生きるために必死に耐える日々。
自分の過去を重ね合わせると、その痛みが強烈に蘇る。
「……たすけて」
その声に、彼の心は強く引き寄せられた。
声の主は少年だった。
弱々しく、必死なその声は、彼の胸に深く響いた。
それは、かつて自分が何度も感じた、絶望と希望を両方抱えた声だった。
その時、記憶が一気に蘇る。
彼の心の中で、過去の自分が鮮明に浮かび上がった。
無力で、どこにも行けなくて、それでも、誰にも助けを求めた事はなかった。
助けを求める勇気が無かった。
助けを求めて、それでもし誰も助けてくれなかったらと、怖くて言えなかった。
しかし、彼は助けを求めた。
誰も応えてくれないのでは無いかという恐怖の中で、それでも助けを求めたんだ。
少年が今、まさに彼がかつて求めたように声を上げている。
この少年にはまだ、彼にはできなかった――助けを求める勇気を持っていたんだ。
彼はその瞬間、深い衝撃を受けた。
少年がどれほどの苦しみを抱えているのかはわからない。
しかし、彼の心は確かに動いた。
周りを歩いている大人は動かない、車の乗っているこいつらも、動く気配はない。
本当に不愉快だ。理不尽だ。
彼が何をした。
彼はこの世の理不尽に耐え、頑張って生きていただけだ。
それでもなお、世界は彼を助けようとはしないのか。
でも、世界が少年を見放そうと、彼は見放さない。
彼が今、できる唯一のこと、それをしなければならないと、心の奥で確信した。
車内の窓から、周囲の人々が、虐められている光景を眺める大人たちの姿が、まるで他人事のように遠く感じられた。
もう、何も気にすることはない。
「国の最重要任務とやらを失敗したら、お前らはどうなる?」
「まぁ、首がとぶだろうな・・・この車は特別性だ。お前の魔法は見たが、これは突破出来ないぜ。扉もロックしてる。抜け出そうだなんて、馬鹿な考えは辞めろよ。無駄だからよ。」
「そうか。お前らの首が宙を舞う所を見てみたいな。」
「んな事になる訳ねえよっ。」
ドオオオオン!!
と轟音をたて、車が大きく揺れる。
「な、何だ!?おい!お前何かしたの・・・か?あ?おい!奴はどこ行った!?」
運転手が後ろを振り向くと、彼の隣の座っていた男が倒れており、彼が座っていた側の扉が無くなっていた。




