1人の男
日本に、1人の冒険家である男がいた。
彼は生まれ育った土地で、疎外感を抱えながら生きてきた。
暴力を振るってくる両親は幼い時に無くなり、養護施設に引き取られた。
しかし、そこでも上手く馴染めず、何も上手くいかず、馬鹿にされ、貶され、暴力を受け続けた。
そして時は過ぎ、養護施設を出る事になった彼はこう思った。
自分の人生はこんなにも惨めで、何も無い人生なのかと。
こんな事ならいっその事死んでしまおうかと。
しかし、それは彼の心が許さなかった。
折角自分を縛る物は無くなった。
もっと、この世界を知りたいと。
そうして彼は、冒険に出る事で何か新しい物を発見したかった。
しかし、どんなに遠くへいっても、どれだけ新しい発見をしても、過去の痛みは消えなかった。
周囲の者達の冷たい目線、忌まわしい存在として扱われた日々。
だが、その全てが変わる瞬間が、ふいに訪れた。
長い長い冒険の末、彼が辿り着いた場所は、小さな遺跡。
湿気を帯びた遺跡の奥深く、無数の古びた書物が並ぶ棚。
大きなテーブルに紙が散らばっている。
そしてその大きなテーブルの上に、一際大きな異彩を放つ1冊の本があった。
「何だ、これ?」
彼は表紙を確認するが、何かを描いた絵や文字すらなく、ただ無機質な質感だけが触れる者に不安を与えるような重さを感じさせた。
左手で本を持ち、開き、中を見る。
その本の文字は、日本語で書かれていた。
魔導書、と。
「魔導、書?」
困惑しながらも、彼はページを捲り、次第にその内容に魅了されていった。
目の前に広がる文字の羅列は、難解ではあったが、何故か彼の心に訴えかけてきた。
「なんだこれは?呪文?みたいだな。もしくは詩、か?」
彼はそのページを指でなぞり、呪文か詩か分からぬものを口に出してみた。
「水よ、深き渦よ、全てを呑み込みし力よ、今、解き放たれよ?」
声が響き、空気が震えたように感じた。
その瞬間、彼の体中から、血液が右手に集まっていくような感覚が起きる。
背筋が凍るような冷たい感覚が全身を包み込んだ。
次の瞬間、恐ろしい程の勢いで、水が彼を中心に渦巻きながら湧き上がってくる!
「うわあっ!何だ!やめろ!止まれ!」
彼は必死にこれを止めようと声を張り上げるが、すぐに止まらず、まだ水は出続けている。
「くっそ!何が起こってっっ!」
そう思ってどう止めればいいのか試行錯誤していると、水は出なくなった。
しかし、遺跡の中は水浸しになった。
持っていた魔導書を手に、1度外に出る。
「一体何だったんだ?何も無いところから、いきなり水が・・・!」
彼は混乱の最中だった。
ただ言葉を発しただけだったはずだ。
しかし、それ以外にあの奇妙な現象のトリガーは無い。
彼は考えた、この世界で旅をする為に、沢山の事を勉強した。
この世界の宗教、国、言語、科学、数学、地理、経済。
思考をフル回転させ、彼の全ての知識を総動員し、こんな事がありえるのか考えた。
そんな彼が思いあたった1つの可能性。
それは・・・
「もしかして、魔法・・・?」