4-19 すでにあった出会い
ツナグはこの状況が飲み込めず、放心していた。
なぜ、マーザーデイティの末裔であるラソソイがここにいるのか。
なぜ、ラソソイは自分を助けてくれたのか。
そんなツナグの心境を察してか、ラソソイは言う。
「言っとくけどよ、アタシはアンタを助けたわけじゃねぇぜ」
ラソソイはパコダ傘の先端を、すっかり気を失っているパペッティアへと向ける。
「個人的に、あの野郎が気に食わねぇだけだ」
ラソソイはパペッティアを見ることなく、淡々とただそう言い切った。
ツナグはラソソイの思惑がわからず、とにかく今は立ち上がる。
ラソソイに危機から救われたとはいえ、油断してはならない。彼女は末裔の一人であり、ニューエゥラ軍にとっての敵なのだから。
拳を構えるツナグに、ラソソイは深いため息をついた。
「今のお前に、アタシはどーこーするつもりはねぇよ。そんなボロボロの奴いじめたって、楽しくないし……つーかさ、お前」
ラソソイはツナグに近づく。
「……その服はなんだ? なんでお前セーラー服なんて着てんだよ、変な癖に目覚めたのか……?」
ラソソイは言いながら、ツナグの服をまじまじと見つめた。それから何かに気づいたのか、大きく目を見開いかと思えば、彼女の顔は真っ赤に染まり上がる。
「ああああああああぁぁぁああっ!?」
直後、ラソソイは甲高い悲鳴を上げ、ツナグの胸ぐらを掴んだ。
「お……お前、お前お前お前! どこで、どこでそれを手に入れたんだ!?」
ツナグは、ほとんど鼻が触れるくらいにラソソイ迫られ、困惑するしかできなかった。
ラソソイは立て続けにこう話す。
「それっ、それアタシのっ! アタシの……アタシの中学時代の制服じゃねぇか!!」
――中学時代の制服。
それを聞いたツナグは、目を丸くした。
「いやぁぁぁ! 変態変態変態! なんで持ってんだよ、しかも着てんだよ! 早く脱げよ、オラっ! 気色わりーんだよ、カス!」
ラソソイはツナグを蹴り飛ばし、パコダ傘の先端を向けた。
「ぬ……脱がねぇなら、今ここで塵にしてやる!」
パコダ傘の先端が光り出す。攻撃を察したツナグは両手を上げ、無抵抗を示した。
「待て待て待て! 一旦攻撃はストップだ! 脱げと言うなら脱ぐからよ、俺の話を聞いてくれ!」
ラソソイはツナグの言葉を聞き入れ、パコダ傘を下げた。
とりあえず安堵するツナグ。そしてスカートに手を掛けつつ、ツナグは改めてラソソイに質問する。
「……ちなみに脱いだらよ、もちろん下着一丁……まあパンツ一丁になるけどよ、それでいいのか」
「……」
ラソソイは黙り、悩んだ末といったところで、こう答える。
「……考えてみればそうだよな。わかった、特別に着用を認める」
ツナグはまたひと安心し、脱ぐのをやめた。セーラー服姿でいるのはもちろん快くはないが、パンツ一丁というほぼ全裸状態になるよりかは、何か着ているほうがよかったからだ。
「……。んで、なんでお前みたいなのがこんなところへ?」
ツナグは聞くと、ラソソイは「その前にまず、アタシの質問に答えろ」と制す。
「なんでその制服を持ってる?」
ここはわざわざ嘘をついたり、黙る必要もないたろうと、ツナグは正直に答える。
「キズナからもらったんだよ。今回ドールの依頼を遂行するためには変装が必要でさ……そのための服として、支給されたっていうのかな」
「キズナは、どこでその服を手に入れたんだ?」
「昔、市場で手に入れたって話してたけど……」
ラソソイはふと考え込むようなポーズを取る。そしてポツリと、「あのとき売ったヤツが今になってってことか……」と、何やら呟いていた。
「……ラソソイ?」
「ああ、いやなんでもねぇ……つーかマジ、お前ソイ様呼びする気ねぇな」
「……ああ。なぁ、ラソソイ、こっちは答えたんだ。俺の質問にも答えてもらおうか」
ラソソイは再び、ため息を挟む。
「パパから話を聞いたんだよ。……ママさ、人魚の肉が食べてみたいって、カカトウ国に掛け合ったらしい……そこの王に直接な」
「カカトウ国がココノッチュラ小国を襲ったのは、やっぱり末裔が絡んでたってわけか」
「まーな。でもよ、王は最初は条約があるからとかっつって、渋ったらしいぜ? ま、脅しを掛けたら、すぐに承諾してくれたみたいだけど」
「……脅し?」
ラソソイは一瞬黙ってから、言う。
「……コイツ、娘をオモチャにしてやがるんだ。人形のように扱って、自分の欲を満たしてた」
「……それって」
「誰にもバレてねーと思ってたみたいだけどよ、そんなのパパの前じゃムダよ。パパは世界を支配してる。空を飛ぶ鳥から地面に潜る動物まで、それらがすべて、パパの監視の目になり得るんだから。……ママはパパからその話を聞いて、それを脅し材料に今回の件を起こしたってわけ」
ラソソイの言葉の端々から、憎悪が滲み出ているのがわかる。
「そんで、その話を聞いたアタシは……王に対して殺意が湧いて。だからアタシはここへ来た。……一応言っとくけどよ、殺してはないぜ。王を殺しちゃ、国も傾くからな……お金の出処は壊さず、ちゃんと残さないといけないでしょ♡?」
言葉の後半に、ようやく本来のラソソイらしい口調が聞けた……否、本来のラソソイの口調は、今までのようなダウナーな物言いのほうかもしれないが。
ラソソイの話をひととおり聞き終えたツナグは、ただひと言、こう言う。
「……お前は、ドールを救ってくれたのか」
ラソソイは息を飲み、歯を食いしばり……ツナグから目を逸らす。
「……あの子もアタシと同じだったのが、嫌だっただけ」
絞り出すように、そう呟くラソソイ。
「……それに、なんか王、末裔の命令を無視して、ツナグを生け捕りにせず殺してしまおうとしてたじゃない……そんな違反者は粛清しなきゃダメだもん♡ 末裔 の命令は、100パーセント遂行しなきゃ! できない者は処刑しちゃうんだから〜♡」
ラソソイは傘を差すと、ツナグに視線を向ける。
「じゃ、アタシはもう行くから♡ 今回は特別に見逃してあげるからさ、その隙にここの女の子たち連れて、どっか行ったら〜?」
そう言って立ち去ろうとするラソソイに、ツナグは「待ってくれ」と引き止めた。
ラソソイは立ち止まり、振り向く。
「もうひとつ、聞きたいことがある。……むしろ、俺にとってはこっちのほうが大事な質問だ」
「……」
「お前……この制服を見て、『アタシの中学時代の制服』って言ったよな?」
ツナグはラソソイに詰め寄っていく。
「この制服は……元々転生者の物だって、キズナは言ってるんだよ」
ずっと会ってみたいと願っていた、自分と同じ転生者という存在。
「お前も――転生者なのか?」
それが今目の前にいるという機会を、ツナグは逃すわけにはいかなかった。
ラソソイはしばらく黙り込んでいたが……やがて、その口を開く。
「……あははっ、意外と早くネタバレきたかもっ♡ そうだよっ! 実を言うと、アタシも転生者なのでした〜♡」
顔は笑っているラソソイだったが、その瞳の奥はどこまでも冷たく、空虚なものだった。