4-17 意地を見せるとき
――ツナグたちがハンスを救い出している一方、ヒトリたちのいるココノッチュラ小国へと場面は移る。
「さて、ツナグくんたちを先に城へ向かわせたとこだし、わたしたちも大元の王様をぶっ叩きに行こうかねぇ」
「ツナグ、ちゃんとハンスのこと救えてるの……かなっ? ま、ツナグのことだし、なんとかなる、だよ!」
キズナは一度首を傾げてから、すぐにパッと顔を明るくさせていた。
「それでは、わたくしたちもこれで失礼いたします。……もう、カカトウ国の兵士も来ないんですよね?」
アムエは自分たちに声を掛けてきた、人魚の女性たそう問いかけた。人魚の女性は「……そのはず。もう手を出さない約束で、ハンスは自ら身を差し出したんだもの」と答えた。
「……そうでしたよね。なら、わたくしたちも行きましょうか」
アムエがそう話したときだった。
不意に、遠くのほうがざわつき始めたのだ。
嫌な予感が募る一同。
「ボク、見てきます」
いち早くシャルは言い、「……〈ハヤアシ〉」と呪文を呟き、音の出処へ向かって走っていった。
「……お姉ちゃん」
不安な眼差しを向けるキズナ。ヒトリは頷き返すと振り返り、人魚の女性に向けて言う。
「ここはわたしたちが見てくるからさぁ。あなたはなるべく遠くへ逃げなぁ」
人魚の女性は渋々頷き、逃げていく。
ヒトリはその様子を見届けると、軍に向けて号令をかけた。
「さあみんな……どうやら、革命の時間さぁ」
◇
「この扉を出れば、もう城の外ですわ」
ドールは人気のない、奥まった場所までツナグたちを案内すると、そこにあった鉄の扉を開いた。
「使用人たちが通る裏口ですの。ここを出たら庭園、そして裏門がありますから、そこを通り過ぎさえすれば、ようやく城の敷地から出ることができますわ」
ドールとツナグは音を立てないよう、静かに外へと出た。さんさんと降り注ぐ太陽の光の下に出たツナグは、ようやくほんの少しだけ安堵の気持ちが湧いてくる。
ドールはそんなツナグの心情を読んだのか、「気を抜くんじゃありませんことよ、ツナグ。見回りがこちらまで来ていないとは、限らないのですから」と、釘を差した。
「ツナグくん、ずっと背負っていてくれているが、休憩も挟まず大丈夫かい?」
ツナグに背負われているハンスは、そんな心配の声を掛けた。ツナグの腕はそろそろ限界を迎えそうだったが、ここでもう無理だとも言えない。ツナグは必死に笑顔を取り繕い、「……あ、ああ! このくらい余裕だぜ!」と答えた。
「……ありがとう」と、ハンスは礼だけを告げる。その表情は、ツナグが無理をしていることをわかっているようであったが、あえてそれを口にしないのは、彼女の優しさだろう。
「……ねぇ、ハンス」
先陣を切るドールは、前を向いたままこう話す。
「このままココノッチュラ小国へ逃げることができたとしても……ワタクシはもう、あなたと過ごすことはできないかもしれませんわ」
「……っ!」
瞬間、目を見開くハンス。
それを聞いたツナグも驚きながら、「急に……どうしたんだよ、ドール」と問いかけた。
「だって、今こうしてカカトウ国がココノッチュラ小国を襲撃したのですよ。人魚を捕らえよと……王自らがそう命じて、条約を違反したのですわよ。そんな王の娘であるワタクシが、ココノッチュラ小国で暮らそうだなんて、誰が受け入れてくれますの?」
ツナグはすぐさま、ドールに対してこう返す。
「でもよ……! 親子だとしても、その命令をしたのは王であって、お前じゃねぇじゃねぇか! それに、ドール言ってたよな……王の元から逃げる以上、姫様っていう地位からも降りるって……!」
「はい。確かにそう言いましたわ。その決意は今も変わっておりません。……しかし、カカトウ国の姫であった事実はなくなりませんわ」
ハンスはツナグの背からやや身を乗り出しながら、ドールに訴える。
「ドール……だけど、必ずしも逃げる先がココノッチュラ小国じゃなくてもいい。例えば、僕たちのことなんて知らない、どこか遠くの国へ――」
「――それはつまり、ハンスは自分の故郷を捨てるということですわよ」
庭園を抜け、裏門まで辿り着いたところで、ドールは立ち止まり振り返った。
それに合わせ、ツナグもその場で足を止める。
ハンスはドールを真っ直ぐと見つめ、口を開く。
「……構わないさ。君も自分の国を離れるのだから、僕だって故郷を捨てることくらい、構わない」
「……ハンス。……だとしても、どうするというの」
ドールはその視線を一度ハンスの尾ひれへと向けてから、言う。
「その足じゃ……あなたは地上で暮らせない」
「…………」
「海の中の生活圏は……ココノッチュラ小国しかありませんわ。だから……」
「……ドール。でも、僕は君と離れたくなんか――」
「――ドール。城を抜け出したかと思えば、こんなところにいたのか」
突如、二人の間に割り込む低重音。
ドールの顔は瞬時に青ざめ、絶望の眼差しをある一点へと向けた。
ツナグとハンスはともに振り返り、ドールの視線の先へと目を向ける。
そこにいたのは、二メートルはありそうな背丈に、ガタイのよい大きな身体の黒髭を蓄えた男性だった。
目つきは細く鋭く、とてつもなく冷酷なものであった。
その威厳に、ツナグは思わず足を竦めた。
「城の外へは出るなと、何度も言い聞かせて来ただろう」
彼が一歩前へ踏み出すと、ツナグたちは反射的に、一歩後ろへ後退してしまう。
「それに、なぜ捕らえたはずの人魚がそこにいる……人魚を攫う、おかしな格好をしている貴様はなんだ」
彼はギロリとドールを睨みつけた。
「ドール。お前まさか、この人魚を牢から出したのか。そこの女装めかした男に手伝わせて……いつの間に、こんな男を用意したんだ」
彼はまた一歩、前へと踏み出す。
ドールは慌ててツナグたちの前に立ち、両手を広げた。
「お父様……! これは……違うの!」
「何が違う?」
「……えっと、それは……その……」
途端に言葉を詰まらせるドール。
そして、ドールが『お父様』と発言したことで、今目の前にいる人物がカカトウ国の王――パペッティアなのだと、今ハッキリとした。
――同時に、ココノッチュラ小国にいる人魚を捕らえろと、命じた人物であるということも。
「外へ出て……お前は何をした?」
「何も……お父様とのことは何も話してませんわ! ワタクシはただ、ただ……ウンザリですのよ! お城から出たいの! 誰が相手かもわからない許嫁なんて、お断りなんですのよ! それにワタクシには、もう愛する人が――」
「そこまでだ」
王の言葉に、ドールは言葉を引っ込める。
「どちらにせよ、この二人は生かしておけん」
王は背に刺していた剣を抜き取り、ツナグたちへと向ける。
そんな彼の表情は、怒りに満ちたというよりも、ひどく動揺しているようにも思えた。
三人で逃げ切ることは――どうやらできないようだ。
「……ドール。ハンスを頼む」
ツナグはドールにハンスを受け渡し、一歩前へと踏み出す。
「……ツナグ。あなたどうする気ですの」
「二人は先にさっさと逃げろ。ここは俺が食い止める」
「……あまりこんなことを言いたくないのですけれども、お父様もそれなりの剣の腕でしてよ」
「それでも……でも――」
ツナグたちの問答に痺れを切らしたか、ついにパペッティアは剣を抜いた。
「ゴタゴタうるさい! 貴様ら二人、今すぐ斬ってやる!」
「――ハンス連れて逃げろ! ドール!」
「意地を見せろよ、掬等繋……」とツナグは小さく呟き、拳を握り締めた。