4-13 この期に及んで、及び腰
「ハンス!」
ドールはすぐさま鉄格子に飛びつき、その隙間に顔をのめり込ませる勢いで、ハンスの名を叫んだ。
「ハンス! ああ、ハンス、怪我はない!?」
牢屋の中の女性――その美しき人魚ハンスは、一切の辛さも見せず、「大丈夫さ」と朗らかに答えた。
「まあ……これさえなければもっといいんだけど」
ハンスはそう言って、両腕を上げた。じゃらり……と鎖が擦れる音が響く。
ハンスは鉄の手錠を掛けられ、身動きが取れないように拘束されていた。
「参っちゃうよね。腕を自由に動かせやしないし、ずっとこんなところにいるせいで、そろそろ僕は干からびてしまいそうだよ」
そう文句を言いつつも、明るい表情を崩さないハンス。
この場においても、彼女の意志は挫けたことは無いのだろう。
「それよりもドール。今日はいつもの雰囲気が違うね。初めて見る衣装だ、それもなかなか似合ってて素敵だよ」
「まあ、ありがとうハンス……!」
頬に両手を当て、ウットリとする学ラン姿のドール。
「もっとお話したいところだけれど……まずはこの状況について聞かないとね。さて、君たちはなんでこんなところに?」
ツナグとドールは一度顔を見合せてから、ドールは口を開いた。
「あなたを助けに来たのよ、ハンス」
「助けに?」
「ええ。今すぐここから逃げましょう……ワタクシたちの家がある――ココノッチュラ小国へ」
「……ドール」
ハンスは目を少し見開いてから、何か諦めたようにその目を閉じた。
「……無理だ。僕は帰るわけにはいかない」
「ハンス、どうして――」
「僕が身を差し出すから、ほかのみんなには手を出さないでくれと約束したんだ。ここで僕が逃げ出してしまえば、またみんなが危機に晒される」
「……約束、ですか」
ドールは一度固く拳を握り締めてから、こう話す。
「果たして、そんな約束がきちんと守られるとも思いませんわ。だって、そもそも――お父様……いえ、パペッティア王は、条約を破って国を襲撃したのよ。きっとまた、みなさまに危害を加えるに決まっていますわ」
「……」
ドールに対し目を伏せ、黙り込んでしまうハンス。
隣で話を聞いていたツナグは、「あのさ、ずっと気になっていたんだが……」と、口を挟む。
「……『条約』っていうのは、なんなんだ? なんか人魚が食用肉に成り下がった……とか、あの人魚の人は言っていたけど……」
ドールは怒りを滲ませ、ツナグを睨む。
「あなた、そんなこともご存知ありませんの? その歴史は、決して忘れてはならないものですのに。……ワタクシのことを知らなかった無知な方とは思いましたが、それほどとは……」
ドールの口振りに、それはとても重要な歴史だと伝わってきた。
「悪い……俺さ、まだ言ってもここへ来たばかりの転生者だから、この世界のことよくわからなくて」
ツナグの言葉に、今度はドールは目を丸くした。
「転生者……ヒトリになってから以来ですわね。転生者が現れるのなんて。……いえ、申し訳ありませんでしたわね、一方的に責めて」
ドールは頭を下げると、再び顔を上げこう話す。
「では、それについては後ほどお話いたしますわ。今は……ハンスをここからなんとかして出さないと」
ドールはツナグを見て、こう命令する。
「ドール・リリィ・ホワイトが命じます。今すぐこの鉄格子を破壊し、ハンスを解放して差し上げなさい――あなたの持つその、〈革命拳〉という力で!」
真っ直ぐと人差し指をツナグへ突き立てたドール。しかし、一方でツナグは冷や汗を浮かばせるばかりだった。
そして、次に吐き出されるのは情けないひと言。
「ぱ……パンチで鉄を破るなんて、さすがに厳しくないですかね……?」