4-12 泡沫の国(2)
「どういうことですの……詳しくお話なさい!」
真っ先に声を上げたのは、ドールだった。
「アンタらも知ってるでしょ……昔は、人魚は魚と同じ、食用だったって。でも、人権を勝ち取って、今まで地上の国の人たちとも仲良く過ごしてきた……はずだったのに。突然、地上の奴らは裏切ったのよ!」
「……裏切った?」とヒトリは聞くと、人魚の彼女はこう続ける。
「今朝、カカトウ国の兵士が来て言ったのよ、『人魚を一人差し出せ、これは王の命令だ』……ってね」
――カカトウ国。その名前が出た途端、ドールは手で口を押えた。
「な……なんのために、パパは……」
「『聞くまでもないだろう、お前らの用途はただひとつだ』……それが、兵士の答えだったわ」
ドールはサーと顔が青ざめていく。
「……もちろん、わたしたちはすんなり聞き入れるはずはなかった。そもそも、国の間で条約を取り決めたはずだと反発したわ。でもね、アイツらは『条約は末裔様により無効となったから問題ない』、『とにかく人魚を差し出せ。抵抗するなら実力行使に移る』って、ふざけたことを言ってきて……! 王様もこの事態を聞きつけて、再びかつての戦争が起ころうとしていたときだった――たった一人、自ら身を差し出した子がいたのよ」
「まさか……!」と震えるドールに、彼女は頷いてその名を口にする。
「――ハンスよ。アイツ、自分は孤児で家族もいないから、自分が身を差し出しても問題ないって……!」
彼女は悔しげに、「孤児だろうと関係ないのに、アイツは、わたしたちの大切な家族の一人なのに……!」と、話していた。
「そんな……そんな、ハンスが……!」
ドールは顔を青くし、その表情を絶望の色へと変えていく。
だが、一度唇を強く噛むと、ツナグたちに向き直り、こう放つ。
「……みなさま、急なお願いで申し訳ありませんが、今度はワタクシを、カカトウ国まで導いてくれませんか。……報酬は倍出しますわ」
「――いや、報酬はそのままで結構だ」と、ヒトリは言うと、ドールとツナグの足元には、魔法陣が展開された。
「……ツナグくん、なんとか最悪の悲劇は食い止めるんだよ」
ツナグが返事をする間もなく、むしろ応えを遮るように、ヒトリは指を鳴らした。
「―― 〈瞬間転移魔法〉」
瞬間、ツナグの前からみなの姿が消えた――否、みなの姿が消えたのではなく、ツナグがみなの前から姿を消したのだ。
一瞬のうちに、ツナグはある場所へと瞬間移動していた。
「ふぎゅっ……っ」
同時に隣では、上手く着地できなかったドールが尻餅をついた。
そこは見慣れない、薄暗く冷えた場所であった。
唯一の光源は、頭上より遥か高く設置された小さな窓が点在するのみだけだったが、よく目を凝らせば、自分たちが降り立ったのは螺旋階段の踊り場だということがわかった。
不気味な雰囲気が漂っており、ツナグは身を縮こませる。
「ここ……間違いありませんわ。ワタクシの住まう……いえ、住まいだった家、ですわ」
ドールは緊張を含んだ声で呟いた。
「ドールの家……ってことは、カカトウ国の城の中ってことか。なんか不気味な感じがするけど、ここは城のどこなんだ?」
「たぶん……お城の地下付近、だと思いますわ」
「……地下?」
「ええ……そして、この下にあるのは――独房、ですわ」
ドールは言って口元を抑えながら、ふと呟く。
「ヒトリは……なぜここまでワタクシを連れてこれたの?」
ツナグは「何か言ったか?」と聞いたが、すぐにドールは「……いえ、なんでもありませんわ」と答え、階下を不安げに見下ろした。
「きっとこの下に……ハンスが」
ドールは言って、階段を降りていく。ツナグもすぐに階段を降りはじめ、ドールを追い越し、その一歩先を降りていく。
「……なぁ。ハンスっていうのが、ドールの愛する人なのか?」
「えぇ。お城の近くの海辺を歩いていたとき、偶然出会ったの。人魚が海から顔を出すなんて滅多にないことですから、初めて顔を合わせたとき、それはとても驚きましたわ」
ドールはかつての思い出の情景を思い浮かべながら話しているのだろう、その横顔はほんの少しだけ微笑んでいた。
「ワタクシたちは意気投合しましてね……それから毎日、いろんな話をしましたわ。お互いのことを、たくさんたくさん語り合いましたの。……いつか、二人でともに暮らせたらいいわねって……最後にはそう話していましたわ」
「でも……そんなときに、婚約の話が上がりましたの」と、ドールは悲しげに話した。
「……だから、俺らに依頼をしてきたと」
「ええ。ココノッチュラ小国に辿り着けば、ハンスの暮らす家で二人、ずっといっしょにいれると思っていましたのに、まさかこんなことが……」
ドールは途端に眉を顰める。
「……なぜパパは、急に人魚を捕らえろなんて命令を……」
ドールには、まるで心当たりがないようだった。むしろ、父の悪行に胸を痛めている様子だ。
話している内に、ツナグたちは地下へと着いた。
降りた先には、鉄の格子が嵌められた六畳ほどの空間だけがあった。
「……誰か来たのかい?」
その声に導かれるように、ツナグたちは格子の向こうへと目をやった。
目に飛び込んできたのは、小さな窓から射し込む光に照らされた、一人の美しい顔立ちをした女性。
視点をゆっくりと引いて見れば、下半身には尾ひれが。しかしその鱗は所々剥がれており、それはあまりにも痛ましいものであった。
儚げだが、芯をしっかりと持った人魚の女性が、そこに囚われていた。
人魚は、突然現れたツナグとドールを見て、驚きの声を上げることなく、力ない微笑みを浮かべ、言う。
「まさかこんなところでお会いするとはね――アタシの、かわいいプリンセス」