4-11 泡沫の国(1)
「そうだっ! みんなビショビショだもんね。風邪引く前に乾かさないと、だよ!」
キズナはそう言うと、右手を高く掲げ、呪文を唱えた。
「〈魔起風〉……アンド〈魔炎火〉!」
ツナグたちの身体の周りに、熱風が巻き起こった。
「……アチッ」
火傷するほどではないが、突然起きたその熱に、身を縮こませたツナグ。
数秒のその魔法により、カラッと服は乾き切っていた。
「おー! もうまったく濡れてないぞ!」
うれしそうに飛び跳ねるパエル。
「ありがとうございます、キズナさん。さて、これで再び準備は整った……というところですが」
アムエは話しつつ、門へ目をやる。
「……なぜ、門にトラップが仕掛けられていたんでしょう。人を気絶させるほどの雷魔法を仕込むなんて……元々門には、あんなものなかったはず」
アムエに続いて、シャルもこう話す。
「それに、街の中もやけに静かな気がします。この国は人魚たちで賑わうところだと、父から話には聞いていましたが……」
言われたとおり、目の前に広がる町はとても静かだった。
誰ひとり外を歩いていないし、店も営業している様子はなかった。
「何かこの国で、よからぬことが起きたのだろうか……」
そう言葉を洩らすウィル。
それを聞いたドールは、血相を変えて走り出した。
「……ドールっ!」
ツナグはすぐにドールを追って走り出す。続いてほかのみなも、ドールを追うのだった。
◇
ようやくドールが足を止めたのは、街から少し離れた小さな民家だった。
「ひときわ目立つ赤い屋根……きっと、ここだわ」
ドールは言葉にしながら、その扉をノックした。しかし、誰も出てくる様子はない。
「……突然お邪魔してごめんなさい。ワタクシ、ドールですわ。ドール・リリィ・ホワイトですわ……お願い、いるならお返事して」
ドールは呼び掛けるが、返事は一向に返ってこない。
「お願い、顔を見せてよ――ハンス」
ドールは扉におでこを擦り付けながら、そう懇願したが、それでも返事はなかった。
ドールはその扉に手を掛け、ゆっくりとドアノブを捻った。
扉に鍵は掛けられておらず、すんなりとそれは開かれた。
一歩中へと踏み入るドール。
部屋は真っ暗で、人の気配は少しも感じられなかった。
「……ハンス」
呆然と立ち尽くすドールと、それを悲しげに見守るツナグたち。
「ここへ何しに来たの?」
そこに現れたのは、一人の若い女性の人魚だった。
片手にはフライパンが握られており、明らかに警戒されているのがわかる。
「……ハンスならもういないわよ」
ドールは彼女の前に姿を見せ、「いないって……どういうことですの!?」と声を荒らげた。
「とぼけないで! あ、アンタたちもどうせ……って、よく見たらあなたたち、手配書で見た……っ! それに、さ、さ、三大……」
女性は震え出すが、強くフライパンを握り締め、キッとツナグたちを睨みつけた。
「革命軍がなんの用よ! やっぱり、あ、アンタたちも、わ、人魚を……!」
「待て! よくわからないが、俺たちはただ――」と、ツナグは口を開いたが、それよりも早くヒトリは動いていた。
ヒトリはいつの間にか彼女の背後に立ち、フライパンを取り上げていたのだ。
「ふむ。この国は今、よからぬことが起きているようだねぇ」
ガタガタと震える人魚の彼女の肩に、ヒトリはそっと手を置き、言う。
「大丈夫。わたしたちは何もしないさぁ。何もしない……というより、するとしたらこれから、とも言うべきか……まあ、君たちには決して危害を加えない」
彼女の震えは少しずつ収まっていく。
「何があったのか教えてくれないかぃ?」
彼女は瞳に涙を滲ませ、こう話す。
「……条約が破られたのよ――人魚は再び、食用肉へ成り下がったの!」