4-10 窮地で見せる、兄らしさ
「まだ息できてる、まだ息できてる……」
ツナグはいつ酸素が断ち切れるかわからないこの状況の中、ブツブツと不安感を洩らしていた。
「いつまでビビっているんだ、ツナグは。そんなことよりも、せっかくの海の世界だぞ。顔を上げてみろ」
ウィルに言われ、ゆっくりと顔を上げたツナグ――眼前には、これまで見たことのない美しい光景が広がっていた。
「……っ!」
白い光が降り注ぎ、キラキラと辺りを照らし、輝いていた。光は大小の珊瑚に彩り与え、それはとても華やかであった。その周辺にはゆるやかな海流に身を委ねる海藻が所々に根を生やし、時折、目の前を小魚たちが通り過ぎていく。
そんな海の中ではあったが、その中心には人々を営みがあった。建造物が規則正しく立ち並び、ひとつの街がそこにはあった。
ツナグのいた世界とこの海にあるものは非常に似ていたけれども、ツナグの世界ではなしえなかった、幻想的な風景が今目の前に広がっていたのだ。
「すげぇ……本当に海の中に街が……!」
ツナグはもう恐怖も忘れ、その美しい街並みに心奪われていた。
街の手前には、入口であろう大きな鉄製の門があった。
「ほら、街の奥に進んでいこう、だよ!」
キズナはそう言って、門に手を掛けた。
「――ッ!!」
次の瞬間、目が眩むほどの強い閃光が弾けた。
一同はあまりの光に目を瞑り、顔を背けた。
ツナグの視界は白く染まる。数秒して徐々にそれは回復していき、クリアになっていく視界の中目に飛び込んだのは――うつ伏せで水中に浮かぶ、キズナの姿だった。
「っ! キズ――がば……ッ!」
ツナグはキズナの名を呼ぼうとしたが、瞬間、口の中に水流が流れ込んだ。
キズナの気絶により、〈魔空箱〉の効果が切れたためだ。
水を飲み込んでしまったせいで、激しい苦しみの中、意識が混濁していくツナグ。それでも、キズナを助けようとその手を掴んだ。
ツナグたちが混乱に陥る中、ヒトリは門の前に立ち、ほかのみなを後ろへ引き下げた。
ヒトリは右手に槍を錬成すると、門に向かって真っ直ぐと槍を突き立てた。
――刹那、再び激しい閃光が散ったが、同時に門は破られ、ツナグたちは激しい水流とともに、門の奥へと流れ込んでいく。
唯一、ヒトリだけは冷静に、事に対処していた。
「――〈眠る秒針〉」
その口の動きは、確かにそう唱えていた。
ヒトリの詠唱後時は止まり、ヒトリは破れた門に向かって、魔法で生成したのだろう、薄い半透明の膜のようなものを張った。
こうして、時は再び動き出す。
ザバン……という水流の流れ込む音ともに、ツナグたちは地面に倒れ込んだ。
――そう倒れ込んだのだ。海中ではなく、空中にいるように、重力を伴って。
「……ガハッ……あぁ……っ」
ツナグは衝撃で口から水を吐き、少しずつ呼吸を取り戻していく。
ゆっくりと目を開き、その掴んだ手の先にいるキズナの姿を見つめた。
「……キズナ……?」
ツナグが声を掛けると、キズナはゆっくりと目を開いた。
「……アレ? わたしなんかドジっちゃった……だよ?」
気絶したわりには、目覚めはケロッとしているキズナに、ツナグは安堵の笑みを浮かべた。
そこで、ツナグはようやく気づく。今は海の中なはずなのに、しっかりと地面を感じ、呼吸もできていることに。
「あれ……ここは? どういうことだ……?」
ツナグは身体を起こしながら辺りを見回す。
そこは確かに、海中にある街の中だった。
だが、自身の身体は海中にはいない感覚であって、むしろ濡れて重くなった衣服が煩わしいと感じるほどで。
ヒトリは錬成した槍を収納しながら、疑問符を浮かべるツナグに向かって話す。
「ここがココノッチュラ小国だよ、ツナグくん。……まあ、門を潜る前にちょっとしたトラブルがあったようだけれど……ひとまず応急処置はしたから大丈夫さぁ」
ヒトリは破った門へとチラリと視線を向けつつ、続ける。
「ココノッチュラ小国内は、地上と同じようにできているんだよ。外部からの人間も滞在できるようにね。地上のように過ごせつつ、人魚たち自身が移動しやすいように、海中のように泳ぐことだってできる。魔法によってこの国は、なんとも不思議な空間になっているのさぁ」
ヒトリの説明を受け、ツナグは「……つまり」と、こうまとめる。
「……俺が心配してた呼吸の話って、そもそもここへ辿り着いてしまえば問題なかったってこと……?」
なんだか心配しすぎて怖がっていた自分が恥ずかしくなってきたツナグ。
そこへ追い討ちを掛けるように、髪の毛の水気を絞りながらドールは言う。
「というか、そもそもツナグは、ワタクシがここまで送り届けてもらって、今後どうしていくかは考えなかったのかしら? もしここでも呼吸ができないのであれば、ワタクシはここへ逃げる前に、それ相応の準備をいたすはずでしょう?」
そう言われてしまっては何も言い訳もできないツナグであった。
「本当、自分のことしか考えない方なのですから」
さらにそう話すドールに、ツナグは肩を落とすが、キズナは「そんなことないよ」と、ドールに言う。
「ツナグは怖がりなだけ、だよ。誰よりもみんなのこと思ってくれるんだから。その証拠に……ほら」
キズナは自身の左手――ツナグに握られた左手を掲げて見せた。
「ツナグは、自分だって苦しくなってるはずなのに、気絶したわたしの手を取ってくれたんだから」
真っ直ぐに、笑顔で語るキズナ。
ツナグはようやく、自分が今までキズナの手を握りつづけていたことに気づき、顔を赤くした。
ドールはそれを見て、
「……自分の保身ばかり、と言ったことは訂正いたしますわ。ごめんなさい」
と謝った。
「しかしまあ、よきお兄さま、なのですわね」
そう言い微笑むドールに、ツナグはますます照れてしまい、何も言えずに茹でダコになるほかなかった。