4-6 ドールの正体
「兄ちゃんが女連れて帰ってきたぞー!」
ツナグがドールを連れて帰るや、そんなよからぬ誤解を与えそうなパエルの声が、アイリス家に響き渡った。
真っ先に出迎えてくれたのがパエルだからこその、この発言であった。
パエルの声を聞いて騒然とする一同たち。一方で、ドールはリビングに集結したニューエゥラ軍の面々を見て、目を輝かせていた。
ヒトリはドールを一瞥し、それからツナグを見つめ、ひと言。
「……まさか、こんなとんでもないのを連れてきたとはねぇ……」
「とんでもない?」とツナグは首を傾げたが、それを聞くよりも先に、ドールの依頼内容を改めてニューエゥラ軍一同に伝えることにした。
「みなさま、初めまして。ワタクシは、ドール・リリィ・ホワイトと申します」
ドールは深々と礼をし、ヒトリに促されソファに腰掛けた。それから、ドールはツナグへ話したことを、そのまま一同へも伝えた。
話を聞き終え、まず初めに口を開いたのは、意外にもウィルだった。
「今一度確認したいのだが……それは、一時の感情などではないか?」
問われたドールは背筋を真っ直ぐと正したまま、微動だにしない。
「お父様からお逃げになりたいというものは、許嫁から逃げたいというわけではないか? 愛する人がいる身で、好きでもない、親が決めた許嫁と結婚したくないだけではないか?」
ドールはウィルから目を離すことなく、
「その気持ちももちろんありますが、ワタクシの本当の願いは、初めに申しましたとおり、『お父様から逃げたい』――それのみでございますわ」
と、ハッキリと答えた。
横で話を聞いていたツナグは、そっと横にいるキズナに尋ねる。
「なぁ……なんでウィルはわざわざあんな言い直し……というか聞き直しみたいなのをしたんだ? 許嫁と結婚したくないのも、父さんが許嫁を決めてるからだろ? 別に理由が許嫁から逃げたいっていうのと、父さんから逃げたいっていうのは、ほぼ同じ理由じゃねぇか?」
キズナは「全然違う、だよ」と静かに諭す。
「その二つは全然違う。許嫁が嫌なら、断ればいいだけだから」
「でもよ、断っても父さんが許してくれないから、一旦父さんから逃げたいってだけなんじゃねぇのか?」
「そこ、だよ。その一旦逃げたいなのか、本気でお父さんから逃げ切りたいのか――ウィルはそこを、改めて聞いたの」
「……?」
ツナグは腑に落ちないまま、とりあえずはドールの動向を見守ることにした。
ウィルはドールの言葉を聞き入れてから、再度問う。
「……本気、なのだな」
「本気、ですわ」
「その意味を――お父様から逃げるという意味を、理解しているのだな」
「理解しておりますわ」
ドールの言葉を受け取り、ウィルは目を閉じた。少ししてから、ウィルはヒトリへと視線を向けた。
「隊長よりも先に、僕がでしゃばって問いただしてしまって悪かった。最終的な判断は、ヒトリに一任する」
ヒトリは「あいよー」と気だるげな返事をしてから、ドールに向かってこう言い切った。
「君の覚悟は聞けたことだし、その依頼、受けようじゃないかぁ」
ヒトリは立ち上がり、ドールを見下ろすような姿勢を取る。
「……今この瞬間、君はもう姫様じゃなく一般市民だ。フラットな態度で対応させてもらうが、異論はないよねぇ?」
ドールは「もちろんでございますわ」と答えたが、別の方向から「ちょっと待った!」と声が割り込んだ――無論、その人物とはツナグだ。
ツナグは目を丸くして、ドールとヒトリを交互に見やりながら言う。
「え……えっと、『姫様』……って」
冷や汗を浮かべるツナグと同様に、パエルもその事実に驚きの表情を見せていた。
ドールは「ああ、もしかしてあなた、ワタクシのこと知らなかったのね。だから……」と、クスクスと笑いながら、サングラスと帽子を外した。
瞬間、露わになる青い瞳。そして絹のような繊細で柔らかな銀髪が、彼女の腰下までサラりと流れ落ちていく。
そのあまりの美しさに、ツナグは息を飲んだほどだった。
「改めまして、ワタクシはドール・リリィ・ホワイトと申しますわ。カカトウ国の王女を務めさせていただいております」
ドールは「……まあ」と呟き、悪戯に笑う。
「お父様から逃げると宣言した以上、もうその身分も、たった今捨てましたのだけれども」