4-5 犯罪級の依頼内容
ツナグはより詳しい話を聞くために、一度ドールとギルドの外へ出て、街にあった広々としたカフェへと移動した。
カフェに移動したというのも、ドールの所望の上だった。
「まあ! ワタクシ、カフェでお茶するっていうの、初めてですわ。こういうふうにみんな、お友達とお話をしたり、それに……恋人だったりと、ゆっくり過ごしたりするのよね」
「ん? ……まあ、そうなんじゃないか。周りを見た感じ、そんな感じだし」
「周りを見た感じ、というけれども、あなたもカフェでお茶、したことないの? その顔を見る限り、お友達がいないの?」
「その顔を見る限りってなんだよ! 俺だって友達くらい……」
言いかけて、ツナグは黙った。
この異世界へ来て、友達なんてものはいない。キズナやウィルなど、ニューエゥラ軍のみなは、ツナグにとっては友達とはまた違った、特別な仲間――それ以上に、家族に近い絆を感じている。
――そもそも、元いた世界でも、友達が多いほうなわけではないツナグだ。ますます口が開かなくなってしまったのだ。
「……あなたも、ワタクシと似たような境遇でしたのね。それならば、あなたはワタクシの話を聞いてしまった際には、あなたはワタクシを助けずにはいられなくなりますわね。絶対そうだわ。もうワタクシの依頼を受けるほか、なくなりましたわね」
「……あの、勝手に話をまとめるのはやめてもらっていいか? まずは依頼内容を聞いてからだ」
「あなたって冷静なのね、クールなのね。ワタクシ、あなたはもっと勢いというか、ノリ? というのがあったほうがいいと思いますわ」
余計なお世話だ、とツナグは口から出かけたその言葉を飲み込んだ。
「……というか、ワタクシずっと思っていたのだけれども」
ドールは言って、ツナグの顔を下から覗き込んだ。
「どうにも見覚えのある顔なのだけれども……もしかしてあなたって、末裔に暴行して指名手配されているあのお方ではないですか? 確かお名前は、ツナグ、ですわね?」
「……っ!」
「やっぱり! まあ! ワタクシ、ホンモノを初めて見ましたわ。手配書の写真は鬼気迫るものでしたが、実物はイマイチですわねー」
そう話し、ガッカリしてみせるドール。ツナグは勝手に期待され、落ち込まれ、なんとも言えない気持ちになった。
「……で、それに気づいたようだけどさ。どうするんだ? やっぱり俺に依頼するのはやめるか? なんせ、指名手配犯なんだぜ?」
そう挑発してみせるツナグは、どこかこれで彼女が引き下がってくれることを願っていたが、しかし、それは叶わなかった。
「その程度のことではやめませんわ。むしろ、好都合です。ワタクシを逃がすことは罪になりますから、元々罪状持ちの方にさらに罪を着せるというのならば、ワタクシは罪悪感を抱くことはありませんし」
さらりと重大なことを話すドールに、ツナグはすかさず「待て待て待て! 罪ってどういうこと!?」と質問した。
「……え? ほら、さっきも言ったけれども、依頼というのは、ワタクシをお父様から逃がしてほしいというものなの」
「……うん」
「言い換えれば、お父様からワタクシを誘拐してほしい、とも言えますから。ほら、これって立派な犯罪でしょう?」
「『犯罪でしょう?』じゃねぇよ! とんでもない依頼じゃねぇか!」
「だから、その分報酬は高額にしていますわ」
ツナグはようやく、ギルドにて、ツナグ以外の誰もが決してこの女性に目を合わそうともせず、まるでそこにないかのように振舞っていたことに得心した。
ギルドで案件慣れしている人々はわかっていたのだ――『高額報酬』というボードを掲げた女性が、いかにヤバい奴ということを。
「む……むむむ……」
「たかが誘拐なんて、末裔に対する暴行と比べたら、アリんこみたいな罪ですわよ」
ドールはそんな斜め上方向からの励ましをツナグへかけた。
ツナグはやれやれだぜ……と内心呟きつつ、再び依頼内容へと話をフォーカスしていくことにした。
「……そのさ、父さんから逃げたいって……なんか、父さんとあるのかよ?」
ツナグが聞けば、ドールは口を一度固く結んだが、またゆっくりと語り出す。
「……お父様は、ワタクシを縛りつけるの。それで、毎日毎日……」
どんどん曇り出すドールの顔に、ツナグは「……言いたくなかったら、いい」と声を掛けたが、ドールは首を横に振った。
「ううん。ワタクシは大丈夫なの。ただ、束縛されるのが嫌なの。説教されるのが、嫌なの。認めてくれないのが、嫌なの。……早く、抜け出したいの。早く、自由になりたいのよ。一刻も早くしないと、ね」
「……一体、何をそんなに焦ってるんだ?」
「……」
ドールは一度ため息をついてから、答える。
「……ワタクシ、そろそろ結婚するの」
「……結婚?」
「……そう。親が決めた……というか、お父様が決めた結婚。許嫁、というものですわね」
「許嫁、か……。それが嫌で、ドールは早く父さんから逃げたいってことか」
ドールは頷く。
「ワタクシが、何度も嫌と言ってもやめてくれなかった。パパは昔からそうなの。やめてって言ったら、もっとしてくるような、そんな人。ワタクシのこと、ただの人形としてしか見ていないみたい」
「……ドール」
「……ワタクシ、実は許嫁ではなくてね、心から好きな人が、愛している人がいるの。ワタクシはその子に会いに行きたい。お父様と離れて、その子といっしょに暮らしたい」
ドールはそこまで話すと、改まった様子でツナグを見つめた。
「お願いいたします。ワタクシを助けてください。……もう、お父様に耐えられない」
悲痛なドールの訴えを前にして、ツナグの中に断る選択肢などなかった。
「……わかった。んじゃま、とりあえずは……家に来い」
「……家?」
「ああ。俺らの仲間が待つ、ニューエゥラ軍の住まう家だ」
ドールは目を輝かせると、ワクワクとした笑みを広げ、言う。
「まあ! まさに、ワルモノさんのアジトに潜入できるのですわね!」
ワルモノさん、とハッキリ言われ、改めて自分たちの立ち位置を思い知らされるツナグであった。