3-20 断れない求婚
ニューエゥラ軍の一員になれ、そう言われたパエルは真っ先に「そんなのできねー!」と叫んだ。
「アタイは働かなくちゃならならねーんだ! もっと金を稼がなきゃならねーんだ! こんなニューエゥラ軍だとかいう、よくわかんねーとこにいれねーよ!」
「喚いても事は覆らんわ。だからこその罰ともいえるし、受け入れるんや」
「でも、アタイの家族は……!」
家族、と言って、パエルは小さく唇を震わした。
シビコは一瞬言い淀んだ様子だったが、意を決してか、神妙にパエルに告げる。
「……家族は、もう助からんやろう」
「…………ッ!」
「……でも、ウチのほうで最後まで見とったる」
パエルの目にまた涙が滲んでいく。しかしパエルはグッと歯を噛み締めて、服の裾を強く握りながら、頭を下げた。
「シビコさん……よろしく、お願い、します」
その言葉は、家族との決別を決めたパエルの覚悟そのものだった。
顔を上げ、大粒の涙がパエルの頬を伝うが、パエルは、もう泣き喚いたりすることはしなかった。ただ静かに、その場でしっかりと立っていた――償いは全うするという、覚悟の表れがハッキリと示されていた。
「……さて、そうしたらもう解散してええでと言いたいところやけど、ヒトリの奴がおらんなぁ」
シビコがそう話したときだった。
「こ、ここにいたンだ! ワイのヨッメー!」
全身の毛が逆立つような、気色の悪い声が聞こえてきた。
見れば、何やら緑色の花束を持ったチトモクと、その後ろには付き添いであろうモリヒトの姿があった。
「あ、アイツは……!?」
ツナグはチトモクを見るや、拳を握り締め彼を睨みつけた。
チトモクとの出会いは忘れもしない、アンデル迷宮でのことだ。傍若無人な振る舞いを見せつけられ、身勝手な理由でキズナを傷つけられ――ツナグにとって、いや……ニューエゥラ軍一同にとって、到底許せる相手ではない。
「ヨッメ! 今日は改めてオニャエに命令しに来たンだ!」
チトモクはキズナの前に来ると、その花束を差し出して、言う。
「ニャニャニャ……ワイは完全にオニャエのかわいさに惚れたンだ! だからオニャエはこの花束を受け取り、ワイと結婚するンだ!」
「なっ……そんなの嫌、だよ!」
キズナは一歩下がりながら、即座に断りを入れた。チトモクは顔をみるみる赤くさせ、「断るとはニャに様だ!」と怒りを顕にする。
「お、お、オニャエ! 末裔様の命令は、絶対なン――」
「わたしは『オニャエ』じゃない。革命軍ニューエゥラ軍副隊長、キズナ・アイリス、だよ。末裔様だとかそんなの、今のわたしは全然気にしないんだから!」
「な……な……!?」とチトモクは予想外の反応だったのか酷く狼狽えている。
「いきなり結婚とか言われても無理、だよ! わたし、あなたのこと全然タイプじゃないし!」
「ニャ……ニャニー!?」
チトモクは驚きのあまり白目を向いて呆然とした。
そんなキズナとチトモクのやり取りの間にシビコは「ちょっと失礼、末裔さん」と言いながら入るや、花束に指先を触れた。
「ウチからひとつアドバイスしていただきますと、求婚にこの花束を送るのもいただけませんねぇ――ヤクの植物っていうのは」
シビコはそう話した瞬間、花束は一瞬にして燃え上がり、黒い灰となり風に飛ばされ消えていった。
そんな黒い灰とは相反して、すっかり白い灰と化し、生気の抜けてしまっている様子のチトモク。
「せっかくチトモク様がご用意したプレゼントを燃やすとは……」
「まるでテンプレートのような使用人の言葉やなぁ、モリヒト。吐き気せんのか?」
「…………」
モリヒトとシビコによる会話が交わす一方で、青白い顔をしたパエルは、キズナの手を掴みながらこう話す。
「おいアンタ……末裔様の告白断るなんて正気かよ!? いや、まあわかるぜ、コイツと結婚したくねぇのはよ……でも……!」
「そんな心配してくれなくても大丈夫、だよ。だってわたしたちは、この世界を変える革命家なんだよ。末裔なんかにビビってられない、だよ」
キズナはその場にしゃがみ、パエルと目線を合わせてこう続ける。
「わたしたちはこれからも世界をよりよくしていくの。一歩ずつ、確実に。そしていつかは――嘘っぱちのマーザーデイティの末裔をぶっ倒してやるんだ。これからパエルも、わたしたちニューエゥラ軍の一員になるんだから、いっしょに闘っていこうね!」
笑顔を送るキズナに、とんでもないところに加入させられてしまったとばかりに困惑するパエル。
その様子を見ていたモリヒトは、シビコに向かって言う。
「……なんか邪魔したな」
「ホンマや。もう二度とウチらの前に来るんやないで」
「お前は本当に、昔から社交辞令を知らないな」
モリヒトはチトモクを抱えながら、改めてシビコを見つめた。
「ヒトリもそうだがお前もだ。今ある世界の常識に抗おうとして。いつ政府が――いや、末裔がその気になって、お前らギャングを潰そうとするかわからんぞ」
「心配ありがとうなぁ。でも、ウチはただ犬みたいに大人しくして生きてくのも嫌やねん。この世界の表は、末裔によって腐り切っとる。だからギャングになって、裏から世界を支えていくんや。ウチはそれなりに力もあるからなぁ」
シビコはモリヒトを見つめ返し、続ける。
「モリヒトもホンマは嫌なんちゃう? 末裔のお守りすんのも、末裔の独裁で世界の人が苦しめられていくのも」
モリヒトは一瞬押し黙り、こう答える。
「……俺は……自分が安定した地位につけて、それなりに金をもらえていればそれでいい。それに、仮に末裔がいなくなったとしても、世界中のみんなが幸せになれるなんて、とんだ絵空事だ」
「……だから、今、自分がよければそれでいいと?」
「……ああ」
シビコはため息をつき、手を払った。
「久々のお喋りも終わりや。もうさっさと帰り」
「……言われなくても」
モリヒトはシビコに背を向け、そのままチトモクを連れ帰ろうとしたが――不幸にも、というべきか、チトモクはカッと勢いよく目を開けたのだ。
「待て、モリヒト! まだ帰るんじゃニャい!」
チトモクはそう言ってクルリと身を翻し、モリヒトの腕から降りると、キズナを指差した。
「こっ……このままただ断られて帰られるか! ワイのヨッメは、ちゃんと連れて帰るンだ!」
チトモクは唾を飛ばしながら、声を荒らげこう話す。
「絶対、絶対ヨッメと結婚するンだ! モリヒト! 今すぐこの娘捕らえるーンだ!!」