3-18 密かな会談
ツナグたちとは別れて単独行動をしていたヒトリは、とある地下の栽培場へ訪れていた。
辺り一体に幻想的な光り輝く植物が広がっていたが、ヒトリは理解していた――これがすべて、ヤクの原料となる危険な猛毒だということを。
植物を採取する人々は向けて、ヒトリは変わらぬ調子で声を掛ける。
「ヤクを作ってるっていう場所はここかい?」
ヒトリの一声で人々は動きを止め、まるで恐ろしいものでも見るかのような目を向けていく。
「そんな目で見るなよ、酷いねぇ」
ヒトリは言って、その手に自身の武器である槍を錬成し、力強く握り締めた。
「さてさて、革命の時間さぁ」
ヒトリの一振りは、一瞬にしてその場を消失させた。
一面の枯れた植物を一瞥し、ヒトリはその場を去ろうとしたときだった。「んま〜ぁ! これはなんなの〜ぉ!」という悲痛の声が響いた。
「んま〜ぁ! んま〜ぁ! これは貴重な植物だったのよ〜ぉ! それをダメにしちゃうなんて……」
語尾を独特に伸ばす奇妙な喋り声が響く中、ユラユラと立ち上がる影が次々と現れ出す。
それは今倒したはずのヤクに関わっていた人々だった。
ヒトリは槍を構え、周囲を見渡す。
「――許せない! 畑を荒らす罪人は殺すの!」
謎の声の口調がガラリと変わった瞬間、周りの人々は一斉にヒトリを襲いはじめた。
ヒトリは槍をひと振りし、一気に彼らを蹴散らしたが、またユラユラと立ち上がり、ヒトリへ迫ってくる。
その様は、まるでゾンビのようだった。
「また畑は一から作り直しよ〜ぉ! この場で死んでも、賠償金はきっちり払ってもらうから〜ぁ!」
次々とヒトリへ攻撃を始めるゾンビたちを、ヒトリは槍で牽制していくが効果はない。ヒトリは試しにカウンターを食らわす際に一人の頭を吹き飛ばしたが、それでもゾンビが不能になることはなかった。いくら攻撃の手を加えても、ゾンビは立ち上がりつづけてきてしまい、キリがない。
「はぁ……もうウザったいねぇ。もういいかぁ、めんどうくさい」
ヒトリは呟き、「〈眠る秒針〉」と唱えた。
瞬間、ヒトリ以外の時間は止まる。ヒトリはその数秒の間に、次々とゾンビの腕と足を切り落としていった。
魔法の効果が切れたとき、ゾンビの足元からは鮮血が吹き荒れ、四肢を失った彼らは地面の上で唸りながら、何もすることができずに這いつくばうのみだった。
「これなら、もう襲ってこれないねぇ」
そう吐き捨てたヒトリに対して、謎の声は悲鳴を上げるという反応を示した。
「イヤァァァ! 鬼! あなた鬼だわーぁ! 人間だったのよ!? そんな簡単に腕や足を切るなんて、非道だわーぁ!」
どこから話しかけているのかわからない謎の声に対し、ヒトリはとりあえず天井に視線を向けながら言い返す。
「そんな人間だったものをゾンビにするのも、なかなか尊厳を踏みにじっているとわたしは思うけどねぇ」
「っ! ワテクシはいいに決まってるでしょ〜ぉ! このワテクシよ? シーミ様なのよ〜ぉ!」
ようやくそこで謎の声の主の名が判明し、ニヤリと笑うヒトリ。
「なるほど、気色の悪い話し方をすると思っていたがどうりで……。まさか末裔様がヤクに関わってるだなんて」
ヒトリは言葉とは裏腹に、予想の範囲内とでもいうように感動味のない話し方をしていた。
「……で、シーミ。さっきからアンタの耳障りな甲高い声ばかりが響いて頭がどうにかなりそうなんだが、一体アンタはどこへいるんだい?」
「ワテクシのような高貴な存在に対してその口の利き方! ムカつく! ムカつくわ!!」
続けてシーミは「あ!!」と声を上げると、こう言う。
「よ、よく見たらあなたヒトリじゃないの! ヒトリ・アイリス! 聞いたわよ! あなたワテクシの大切なモクちゃんとソイちゃんを殴ったんですってね!」
「チトモクとラソソイのことかい? 正確にはチトモクは殴ってないんだけど……まあ、殺し損ねたのは今でも後悔しているねぇ」
「ぎ……っ! 盾突くようになったわよね〜ぇ……! それもこれも、あの転生者が来てからだわ〜ぁ」
『転生者』、と聞き、ヒトリは一瞬眉を顰めた。
「転生者〜ぁ……そうツナグだわね〜ぇ。あの子は普通じゃないわ〜ぁ……」
シーミの言葉に若干の恐れが滲んでいるように思えた。
「転生者なんて所詮、大したことない力ばかりだったわ〜ぁ。……でもあの子だけは違う。あの子には他者を圧倒する力があるみたいよね〜ぇ。三大卿に匹敵する……いえ、それ以上の。あの子は一体、あちらの世界で何をしてきたっていうの〜ぉ? もしかして、あの子は――」
「お喋りはそこまでさぁ」
ヒトリはシーミの言葉を遮り、再び槍を構えた。
「そんなことより、早く姿を現したらどうだい? 裏でヤクの手を引いてたっていう末裔様がムカついてしょうがなくってねぇ……今すぐぶん殴ってやりたいのさぁ」
「なっ……! なんて無礼な!」
シーミの怒りの声は聞こえるが、未だにその姿は見えない。ヒトリは必死に彼女の気配を探った。
「本当にうるさいわね〜ぇ。ワテクシだってね〜ぇ、ちょっとハイになりたいときがあるのよ〜ぉ。それにね〜ぇ、ヤク手を出して何が悪いっていうのよ〜ぉ? みんなだってこれ好きなんでしょ〜ぉ? だって、すっごくお金になるんだもの〜ぉ」
ヒトリは隠すことなく、思い切り舌打ちを挟んだ。
「好きとか嫌いとかじゃあない。アンタらは勝手に人をヤク漬けにして、金を搾り取ってるだけさぁ……。本当に上に立つ人間だというのなら、そもそもこんな危険なものを生産も、流通もさせない。人々の健康と幸せを願うならねぇ……」
「ん〜? 何をそんなにムキになってるの〜ぉ? そんなんちょっと飲んでダメになるほうが悪いんじゃない〜ぃ、本人が弱すぎるだけの問題でしょ〜ぉ? だってワテクシは全然平気。いっつもハイで幸せよ〜ぉ?」
「アホな自分基準で物を語られると、話が通じなくて嫌だねぇ……」
ヒトリはやれやれと頭を振り、再び問う。
「シーミ、アンタはどこにいるんだい? どこからわたしを見ている?」
「鈍感ね〜ぇ。ワテクシは近くにいないわ〜ぁ」
シーミはヒトリを小馬鹿にするようにクスクスと笑って、言う。
「ワテクシは遥か天の上からあなたを見下ろしてるの〜ぉ。だってワテクシ、末裔ならぬ神なんだもの〜ぉ」
「遠隔魔法か……だとしても、せいぜい30メート――」というヒトリの呟きに被せるように、シーミはこう話す。
「遠隔魔法だとしたら、せいぜい30メートルの範囲内にはいるだろう――あなた、そう思ったわね?」
ヒトリは見事に言い当てられ、目を見開いた。
「ワテクシを舐めないで。ワテクシは力はなくとも、腕は立つのよ〜ぉ」
シーミはひとつため息をつく。
「あ〜あ〜ぁ。ここの子たちもかわいくて気に入ってたのに〜ぃ……また新しいお人形はダーリンに買ってもらうわ〜ぁ」
シーミのその物言いは、まるでヒトリの回りに転がるギャングの死体を見下ろしながら話しているみたいだった。
「……人を買うなんて外道なことも、そっちではしているのかい?」
フツフツと湧き上がる怒りを抑えながら、ヒトリ聞いた。
「ええ、定期的に商品が来るから〜ぁ、気に入ったのを買うのよ〜ぉ? 何? あなたもほしいの〜ぉ?」
当然のことのようにスラスラと話すシーミに、「……腐りきってて、反吐が出る」と、ヒトリは吐き捨て、天井を睨みつけた。
「何言ってるんだかわからないけど〜ぉ……」と、シーミは不満げに言うと、続けてこう話す。
「あ、そうそう〜ぅ。ワテクシの大切なモクちゃんがそっちに行ってるはずだから〜ぁ、今度はちゃぁんとお返事してよね〜ぇ」
そう話すやシーミは「じゃあね〜ぇ」と唐突に別れを告げるや、それきり声はパタリと止んでしまった。
「な……っ、チトモクが来るとはどういうことだ、シーミ!」
ヒトリは天井に向かって叫ぶが、返事が来ることはなかった。ただ虚しく、ヒトリ自身の声が反響して響くだけ。
「……クソっ」
ヒトリは足元に魔法陣を作り出し、〈瞬間転移魔法〉を使用し、その場から立ち去った。