3-17 自分のしてきたこと
「あ、おねーちゃん! おかえりー!」
先の騒動を経て、パエルは家に帰宅すると、早速弟たちが笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま」
パエルは決して弟たちに疲れを見せないように、笑顔を取り繕う。
「おねーちゃん、急に家出ちゃって、またしごとー?」
「……ああ、まあそんなところだな。まあ大丈夫だぜ、今日はホントに終いだ」
パエルは弟の頭を優しく撫でた。
「んじゃ、いい時間だしご飯にするか」
パエルは荷物を置きながらそう話すが、弟たちはパエルにしがみついてしまい、離そうとしない。
いつも以上に甘えてくる弟たちにパエルは困惑しながらも、「ちょっと待てよ、今ご飯作るからさ」と窘めるが、弟たちはなおも力強くパエルにしがみついてくる。
「おねーちゃん、おみやげ、は?」
「はやくほちー!」
「仕事してきたなら、あるで、しょ?」
「たべたい! はやくー!」
口々にねだってくる弟たちにパエルはやや異変を感じつつも、「……悪い、さっきはちょっとしたことで……土産はねーよ」と答えたが、弟たちは「キャンディ、キャンディ!」と繰り返し、しまいにはパエルの荷物を勝手に漁りだし、中身を物色し始める始末だ。
「コラ、お前ら、そんな探してもねーって! ……まったく、かーちゃんも言ってくれ――」
パエルは言いかけて、口を閉ざした。
なぜなら、自身の母も弟たちと同じように鞄を漁っていたからだ。
焦点の合っていない瞳で、狂ったように土産を――キャンディを探している。
その姿は、最早人の理性というものを持ち合わせていないようにも見えて……。
「……かーちゃん、みんな……?」
明らかな異常を目にし、身体が恐怖で震え出すパエル。そのとき、背後からの不意な声が家に響いた。
「――今回のは、とびきり効いたみたいやなぁ」
第三者の声に、パエルは勢いよく振り返った。
玄関に不気味に立ち、その様子を観察していたのは、さきほど逃げ出したメローサだった。
「メローサ、なあ聞いてくれ、おかしいんだよ……アタイの家族が……」
「ああ、そうやなぁ。だが、アンタはこれがどういう状態か、もうわかってるやろ?」
メローサは畳み掛けるやうに、冷たくこう告げる。
「――コイツらは、ヤクに溺れた」
パエルは「……な、なんで……」と掠れた声で尋ねた。
メローサはそんなパエルを嘲笑し、言う。
「今まで実験に付き合ってくれておおきに。これで新しいヤクの効果も、適正量も、全部わかったわ。これを末裔様に献上すれば……ヒヒ、これからはずっとえらい金が手に入りつづけるで」
「じ……実験? おい、それってなんのことだよ……」
「まだ気づかんのか?」
メローサはパエルを心底バカにした目で見下ろしながら、こう言い放つ。
「いつもアンタが土産として渡すキャンディにはなぁ、ヤクを混ぜてたんや。ワシは毎回中のヤクの種類や量を変えて――末裔様の求める物を見極めていたんや」
「何……じゃあ、アンタがいつもくれてたキャンディって……!」
「せや。家族の土産にどーぞなんて渡せば、アンタは喜んで受け取ってくれるからなぁ、ちょいとそれを利用させてもらっただけや。でもよかったやん、こうして家族に喜んでもらえて」
「な……な……じゃあ、アタイが今までしてたことは……っ!」
メローサは「せや」と言って、今まで以上に口角を吊り上げる。
「――アンタは今まで、ずっと家族にヤクを渡し続けてたんや。アンタは家族狂わせの、とんだ不孝者っちゅーわけや」
「…………ッ!」
すべてを理解したパエルの瞳は、一瞬で絶望の色に変わる。ガタガタを歯を鳴らし、みるみると顔は青く染まっていく。
「あ……アタイが、今まで家族にしてきたことって……。あ、アタイは、別に、そんなつもりじゃ……」
「――そんなつもりなくても、世の中結果がすべてや」
メローサはポン、とパエルの肩に手に置き、その耳元で嫌らしく囁く。
「これまで実にご苦労さん。アンタはもういらんから、好きにしてええで」
メローサは最後に、残酷なひと言を言い残した。
あまりの事態に呆然とし、その場にへたり込むパエル。
「……アタイ、アタイは……」
突然の事実に今のパエルは、メローサに怒りの感情も湧かなかった。
ただただ絶望が、パエルの心を支配していく。
涙すら、流れない。
メローサはそんなパエルに興味もないのか、「んじゃ、俺は行くわ。パエルもせいぜいシビコに捕まらんようになぁ」と、さっさとこの場を去ろうとしたときだった。
――扉の前には、すべてを聞いていたツナグが立ちはだかっていた。
「……に、兄ちゃん……」
ツナグの存在に気づき、そう呟いたパエル。
ツナグはじっとメローサを睨みつけ、拳を握り締めている。
「なんやアンタ、そこどいてくれへん? はよこっから出たいねん」
気だるげに話すメローサをツナグは無視し、こう言う。
「……パエル、勝手に首突っ込んで悪いな」
「……っ」
「――俺はコイツを、許せねぇ!」
「はぁ、何言っ――」と、メローサがすべてを言い切る前に、奴の顔面にツナグの拳がめり込んだ。
「――〈革命拳〉!!」
そのまま部屋の奥へ吹き飛ばされたメローサ。奴はすっかり伸び切って、その場で気絶した。
ツナグはゆっくりとパエルに近づき、そっと彼女の頭に手を置いた。
「……お前は何一つ悪くない。お前は家族想いの、いい姉ちゃんだよ」
パエルはその言葉を聞くと、どんどん目には涙が溜まり――ついに堪え切れなくなった彼女は、大声を上げて泣いた。
ツナグは彼女が泣き止むまで、じっと傍に寄り添い続けた。