3-16 壊れる前に
敵対心を剥き出しにするパエル。ツナグはパエルを攻撃することができるはずもなく、その拳を引いてしまった。
「子供相手だからって隙を見せたな? アタイを舐めるなよ――〈ぶんまわし〉!」
パエルは自身の身体ごと回転させ、ハンマーを大きく振り回した。遠心力に当てられたツナグはたちまち吹き飛ばされ、背から壁に激突した。
「ツナグ!」
キズナはツナグを一度見てから、パエルへと視線を向け、言う。
「パエル……っていうんだね。……ねぇ、パエル、メローサを味方するなんてやめて、だよ! メローサを庇ったって、ロクなことないんだから!」
「うるせー! どうすっかはアタイの勝手だ! アタイも運び屋がなくなるのは困るんでね、徹底的に反抗させてもらうさ!」
反抗するパエルの後ろで、胸を撫で下ろした様子のメローサは、再び足元に魔法陣を作った。
「よおやったわ、パエル。あとはコイツら蹴散らしといてくれや」
「わかったぜ、褒美に次の報酬上乗せしてくれよな!」
〈瞬間転移魔法〉を使用し、外へ逃げてしまったメローサ。すぐに追いかけようとしたツナグだったが、「――待てよ」と、パエルからその背にハンマーを押し当てられ、動きを止めた。
「決着はまだついてねーぜ?」
「……パエル、本当にお前はこのままでいいのかよ」
パエルは一度歯を噛み締めてから、鋭い瞳孔でツナグを睨みつけ、言う。
「選べるほど、アタイはえらくねーんだよ!」
パエルはハンマーを床に振り落とし、強い振動が、それは敵味方関係なくツナグたちを襲った。
たちまちバランスを崩し倒れゆくツナグたち。だが、その中でも辛うじて、構えの姿勢を保っていたのはシャルだった。
シャルは床を蹴り上げ、パエルとの距離を一気に縮めた。
「どんな苦境でも、選ぶ権利はあなたにあります」
ハンマーを持つその手に狙いを定め足を振り下ろすシャル。パエルは間一髪でそれを防ぎ、シャルの弾き返した。
「ボクたちを信じてください。みなさまは――ニューエゥラ軍は、あなたをきっと救ってくれます」
「ニューエゥラ軍……?」とパエルは聞き慣れない言葉に眉を顰めつつも、どうやらツナグたちのことを指すのだと認識してくれたようだ。しかし、だからと言ってパエルはすんなりと信用してくれたわけではなかった。
パエルは「大層なこといいやがって」と乾いた笑いを洩らすや、改めてハンマーを構えた。
「だったら金だ! 本当にアタイを救う気なら、金を寄越すんだな!」
パエルは、今度はハンマーを壁に叩き込んだ。
その打撃は壁にヒビを入れ、小さな瓦礫がカラコロと天井から少しずつ落ちはじめる。
「アタイはアンタらを殺しやしねー。アンタらがここで死ぬか生きるかは、瓦礫から抜け出せるかどうかだ」
パエルはそう言って、素早い動きで難なくツナグたちの合間を縫い、部屋から出ていってしまった。
「こ、このままここにいたら、みんな瓦礫の下敷きってこと、だよ!?」
キズナは頭を抱え、驚きの声を上げた。
「いけません! ギルドにはほかの方々もいます……!」
アムエは焦りを募らせ話し、続けてウィルは、
「ああ。あの少女のことも気がかりだが、今は人々を避難させることが優先だ」
と言い、ツナグを見つめた。
ツナグはウィルの視線を受け、こう話す。
「……悪い。俺はパエルを追いかける。避難のほうは、任せていいか」
ウィルはフッと笑い、答える。
「元よりそのつもりだ。それでいいか、副隊長?」
ウィルにそう言われたキズナはハッとして、それから力強く頷いた。
「うん! じゃあみんな、ここにいるみんな誰一人怪我させないで避難させよう、だよ!」
キズナは「あ、もちろん――」と言って、右手に〈魔法光〉の光の球を作り出すや、それをある方向へ投げつけた。
それは見事に、こっそり逃げ出そうとしていたギャングの一人の後頭部にクリーンヒット。ギャングはその場に倒れ、気絶してしまった。
「――わぁるい人たちは一人残らず逃がさないこと、だよ!」
ニューエゥラ軍一同は、口を揃え「了解!」と応え――各々一斉に動き出した。
ツナグはギルドを飛び出して、パエルを追い求めひたすらに走った。
「俺が、パエルを救わねぇと……!」
ツナグの中で、なぜそんなに強く彼女を想うのか正直わからなかった――だが。
「いつか、アイツが壊れちまう前に……!」
――家族のために必死になるパエルは、いつか限界を迎える日は来る……ツナグのそんな確信めいたものは、ひたすらに彼の心を訴えつづけていた。