0-7 おにぎりのお礼
「帰れないのか……俺は」
キズナは心配そうに何かを言いかけて、ヒトリはそれを止めた。代わりにヒトリはこう告げる。
「この世界へは一方通行なのさ。来てしまったら決して帰れない。君は思いがけずこの世界に来てしまったようだけれどねぇ……。でも、君はそんなに元いた世界に帰りたいのかい?」
ヒトリの問いかけに、ツナグはハッとした。
――さっきまで帰る方法を確かに求めていたけれども、実際元の世界へ戻りたいかと問われれば、そんな気持ちがまったくないことに。
帰りたくない。
むしろ、そんな気持ちさえ持ち合わせていた。
「……ツナグ。さっきのお話の続き、してもいい?」
キズナに落ち着いた声音でそう尋ねられ、ツナグは頷いて答えた。
「――じゃあ、さっきの続き。この世界はね、『マーザーデイティの末裔』っていうのが仕切っていて、アイツらの気まぐれで国は簡単に変わってしまうんだよ。法律がなくなった国もあった。経済が悪化した国もあった。戦争を起こした国もあった……でも、それは誰にも止められない。マーザーデイティの末裔がこの無法地帯を容認する限り、地獄は続いていくんだ」
「そんな……でも、この村はそんなことなかったし、本当にそんなことが……」
思わずツナグはそう言い返すと、キズナではなく、ヒトリが口を開いた。
「ツナグくんも見ただろう? さっきの山賊を。……この村のように、末裔の支配下になってからも変わらずに、穏やかで素敵な場所でありつづけている場所もあるが、だからこそ、無法地帯となった現状で現れた山賊や海賊……ほかにもくだらない犯罪者に狙われやすくなってるのさぁ。……そういった優しさだけを持つ弱者は襲われ、彼らは守られない。もう、それを取り締まる人もほとんどいなくなってしまったから……ねぇ」
ツナグは返す言葉がなかった。同時に、さきほどの山賊たちを思い出し、その話は事実なのだと思わざるを得なかった。
ヒトリの言葉を次いで、再びキズナが話しはじめる。
「――国家は政治を諦めている」
とんでもない発言に、ツナグは耳を疑った。
「ほとんどの国の偉い人がそうだよ……。末裔に気に入られようと行動する人がほとんど。たとえ、それが国民の意に反していてもお構いなし。……だって、その懐に入り込めれば国家には莫大な財が入ってくるんだもん。……国家は国民の言葉なんて、聞いちゃくれない」
「民があってこその……国だろ」
キズナの話に、ツナグはそう口を挟んだ。
キズナもヒトリも、表情に諦めの色が垣間見えた。
「そんなこと、もう……忘れちまったのさ。きっと、自分たちが危険にさらされてはじめて気づくんだろうさぁ」
「そう……だよ。だからね、わたしたちが行動を起こすの! 寝ぼけている国に――世界に、喝をいれてやるんだ!」
それで、はじめのところに戻っていくんだけどね、とキズナは前置きし、言う。
「今回、この村はツナグのおかげで助かった。……でもね、ここよりももっとひどい地域だってある。わたしたちは今すぐにでも、悲しんでいる人たちを、困っている人たちを救いたい。でも、たった二人だけの革命家じゃ、なかなか進められないこともある。……仲間は多ければ多いほど、もっと救いの手を差し伸べられて、この世界を根本から変えていけるかもしれないんだ!」
キズナはツナグに手を差し出した。
「だから、ね! わたしたちといっしょに、革命を起こさない!? ツナグのその力があれば、わたしたちはもっと大きな革命を起こせちゃうかも! だよ!」
ツナグは山賊長を殴り飛ばしたことを振り返りながら、思う。
もう帰る宛てもなくなった。
金だって一銭も持っていない。
生きる拠り所は、どこにもない。
だけれども、ツナグはその手を握り返す勇気がなかった。
革命なんて大層なこと、自分にできるわけが――。
「――君はものすごい力を秘めている。この世界を180度変えてしまうくらいの、大きな力が」
ヒトリの言葉にツナグは困惑した。
そんな力が自分にあるとは、とても思えないが……。
「それにツナグくん……君、どうやらキズナとある約束をしたらしいじゃないかぁ?」
ヒトリに問われ、ツナグは一度首を傾げたが、その約束についてすぐに思い当たった。
「……ツナグ」
キズナはニヤリと笑い、上目遣いで言う。
「おにぎりのお礼として――お願い、聞いてくれる?」
ツナグは、まさかあのときの自分の発言がこんなところに繋がってくるなんて――と、運命の必然性というのを、感じていた。