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転生の革命家  作者: みおゆ
第三章・小さなお尋ね者
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3-13 【回想】パエル・ラッタ・ホンムリ

「クソっ、店主さんったら急になんだってんだ」


 パエルはいつもヤクを受け取る、ギルドの隠し部屋へと向かい、走っていた。


「アタイだって……こんなきたねーことしたくねーに決まってんだろ」


 パエルは歯を食いしばり、不意に蘇ってきた過去を見つめはじめた――。




 ◇




 パエル・ラッタ・ホンムリ。


 それがパエルのフルネームだ。

 少し長いが、パエルはこの名前が家族の一体感を感じられて好きだと思っている。


 ――というものの、パエルには父はいない。


 父はよく仕事へ出て家を空けることが多く、一週間留守にしていることもあるような人だったのだが、ついにパエルが8歳を迎えたころには、いよいよ仕事から帰らなくなってしまった。


 同時に、パエルの母は病気を患った。


 軽い怪我なら、治癒魔法を持つものなら治せるが、病気となると高度医療魔法を使いこなす必要がある。高度医療魔法を持つ者は、『病院』と呼ばれる場所に行けば会えるのだが、病院にかかるだけでも多額のゴルドがかかる仕組みとなっている。


 父の収入も途絶える中、その日暮らしを繰り返すパエルの家にとって、とてもじゃないが簡単に行ける場所ではなかった。


「パエル……ごめんね、母ちゃんがこんなになっちゃって……」


 ある日の夜、姉弟が眠る中申し訳なさそうに謝る母。パエルはそんな母を見て、ついに覚悟を決めたのだ。


「そんなことねーよ! かーちゃんはゆっくり休んでくれ! アタイももう立派なねーちゃんだ、家族の分までしっかり稼いできてやるぜ!」


 パエルは母に気を遣わせまいと、精いっぱいの笑顔を向けた。


「病院代稼ぐまでは時間かかるかもしれねーけどよ、それまで、かーちゃんさ、がんばってくれよな!」



 ――パエルはそれから、転々と働く場を変えながら仕事をしていた。


 幼いパエルを雇うところはまずない。だが、いろいろな場所で頭を下げて、無理矢理店の手伝いをし、お金をいただいていた――手伝いのため、本当に小遣い程度の金額だったが、それでもパエルにとっては貴重な収入だった。


 だが、そうは言ってもそんな小遣い程度で家族を養っていけるはずもない。パエルはダメだと理解しつつも、しかたなく盗みにも手を出し、望んでもいないのに、次第にその腕は磨かれていった。


「……悪いな、ほんのちょっといただくぜ」


 盗むときは決まって、パエルは誰にも聞こえないくらいの小さな声で謝罪を残し、また別の者から盗み――ひたすらにそんな日々を繰り返していた。


 そんなある日のことだった。パエルは、ある人物から声を掛けられた。


「お嬢ちゃん、仕事を探してるんやったら、ウチで働くのはどうや?」


 突然そう話しかけてきたのは、薄い目をした全体的に細長いシルエットの男だった。


 薄ら笑いを浮かべ、いかにも怪しい雰囲気の男。パエルは一気に警戒心を固めるが、そんなパエルの心情を察知したかのように、彼は「全然、怖がることあらへんで」と言葉をかけてから、こう続ける。


「前々からお嬢ちゃんのこと見てたんやけど……お嬢ちゃん、ホンマ上手に物()るよなぁ」

「……っ!」


 盗みを繰り返していたところを見られていたことに気づき、一歩後ずさったパエル。男はすぐに「あー、すまんすまん、別に責めようってわけやないんや」と前置きして、言う。


「その人の目を盗んで動くスキル、ウチで使えると思ってな。……んで、ここはひとつどうや? ウチの商品の配達員、今絶賛人がいなくて困ってんねん。金は家族が養えるくらいたんまりと出すし、アンタが居てくれるまでずっと雇うつもりでもいる。……な、悪くないやろ? やってみるのはどや?」


 普通に考えれば、こんなおいしい話何か裏があるに決まっているのだが、日々の生活に切羽詰まっていたパエルは、ほかの選択肢を考えることなく、


「……わかった。その仕事、受けさせてくれ」


 と、答えてしまった。


「決まりやな。俺はメローサ。アンタは?」

「……パエルだ」


 ――今思えば、これは大きな間違いだったのだと、パエルは思う。

 けれども、あのときはどうしようもなかったのだ。


「……じゃ、これ頼むわ。くれぐれもワンちゃんにバレへんように運んどいてくれや」

「これ……なんだ?」

「そんな気にすることあらへんよ。まあなんちゅーか、人を楽しませてくれるステキな食べ物っちゅーところや」

「……」


 メローサの話した本当の意味を理解するのに、時間はかからなかった。


「……こんなの、もうやめたほうがいいのかな」


 そう悩みを洩らす日もあった。

 メローサに仕事の辞退を伝えようと思ったことは何度もあった。


 ……だが。


「今日もお仕事ご苦労さん。これ、今日の駄賃と……これもやるわ」


 ――メローサは定期的に、パエルが仕事を終えると、報酬とともにある物を渡してくれた。


「……キャンディ?」

「せや。家族に食べさせてやり。こんなもんしか渡せへんけど、甘いもんがあると、母ちゃんも下の子らも喜ぶんとちゃうか?」

「……! ありがとう、メローサ!」


 パエルは笑顔を浮かべ、それを大事に抱き締めた。


 このころから、パエルの中で、この仕事から足を洗う選択肢は完全になくなっていた。


 高い報酬もくれる、家族のためにお菓子もくれる……こんな好条件の仕事は、もうほかにないとパエルは思ってしまったからだ。



「みんな、ただいま! 今日もおいしいごはん買ってきたぜ! それに……ほら!」


 パエルは買ってきた食材とともに、メローサからもらったキャンディも家族に配った。


「わ! キャンディだ!」

「わたしこれ大好き!」

「いつもありがとな、ねーちゃん!」

「あま〜」


 口々に喜びの声をあげキャンディを頬張る姉弟たちを見ると、微笑ましいとともに、パエルの腹の底にはに小さな罪悪感が燻った。


「ほら、かーちゃんも食べなよ。……今働いてるとこのさ、定食屋の店主がくれるんだぜ」


 ヤクの運び屋をしているなんて、家族には口が裂けても言えるはずがない。

 パエルは定食屋で働いていると嘘をつき続けた。


 もう後には退けない。

 後戻りなど、できないのだ。



「……アンタ、運び屋なんて仕事、これからもずっとやってくつもりかい? やめるなら、なるべく早いほうが身のためだよ」


 運び屋として仕事をする中で、仕事仲間であるバーの店主はそう言ってきたこともあった。


「別にいいさ。元々ここへ入る前も、アタイは盗みを働いてたんだ。それにここなら、普通に働くよりもたくさん金がもらえる。家族の分にって、土産も持たせてくれるんだ。……こんないい条件の仕事、もうほかにねーだろ」


 パエルは店主に向かって、無理矢理笑顔を取り繕った。


「ま、かーちゃんの病院代が貯まったら、これからまたどうするか考えるさ」


 そうしてまた、パエルは運び屋(しごと)の日々へと身を投じる。


 家で待ってくれている、家族のために。

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