3-8 捕らえた少女は囚われの中(2)
匂いを辿る中、遂にツナグたちは例の少女に追いついた。
「いた! アイツだ!」
ツナグは指を差し叫んだ。少女はそれに気づき振り返り、ぎょっとした表情を浮かべた。シャルはその少女を視線に捕らえた様子で、呪文を唱える。
「〈ハヤアシ〉」
瞬間、シャルの走るスピードが加速する。
突然のことに、少女は目を見開き、さらに足に力を込めようとしていたが――シャルのほうが早く、少女の腕を掴んだ。
それでも少女は反抗しようと、背負っているハンマーに手をかけ、シャルの手から逃れようとしたが――
「〈母の御裁縫〉!」
――アムエの魔法により、錬成された光の紐に拘束され、ついに身動きが取れなくなってしまった。
悔しげな表情を浮かべ、その場に座り込むこととなった少女。
「……ちっ。ふざけんなっ、早く解けってんだ!」
少女は全身に捻り、拘束から逃れようとしたが、アムエの魔法の力のほうが強く、とても簡単に抜け出せるようには思えなかった。
次第に少女は諦め、ツナグを睨みつけるや、
「……今度は女二人連れてくるとか、ダセェんだよ、兄ちゃん」
と、嫌味たっぷりな言葉をぶつけた。
ツナグは頭を掻きながら、「正確には女一人に男一人なんだが……」と言いつつ、本題へと移す。
「なぁ、さっきも言ったように、俺は……俺らはお前に何もする気はない。むしろ、お前を助けたいとさえ思うよ」
「助ける……?」
訝しげに眉を顰める少女。
続けて、アムエとシャルを口を開く。
「あなたはまだ幼い女の子です。それなのにヤクの運び屋なんてこと……何か事情があるんでしょう?」
「しなければならない理由があるのなら、話を聞きます。そして、ボクたちはそんな中からあなたを救い出したいと思っていますよ」
そう話し、手を差し伸べるツナグたち。しかし、少女が次に放ったのは、怒りと苛立ちそのものだった。
「ふざっけんじゃねぇ! 誰がアンタらの助けなんか求めるか! アタイはアタイなりにやることあってやってんだ! それなのに知らねぇ奴らが口出してくんじゃねー!」
歯を剥き出し反抗する少女に、ツナグたちは困り顔だ。
そのとき、遠くから、「おねーちゃん?」と、誰かの声が聞こえた。
声のしたほうを見れば、目の前の少女よりもさらに幼い、三歳にも満たないような子供が近くの家の中から出てきたのだ。
少女はそれに気づくや素早く転がり、子供の死角となるような塀の後ろへ隠れた。
子供はキョロキョロと辺りを見回していたが、「気のせいかー」と言って、また家の中へ戻っていった。
「あの子……あなたのご兄弟、ですか?」
アムエはそう尋ねると、少女はバツが悪そうに目を伏せ、こう話す。
「……そうだよ。アタイには下に四人姉弟がいる。それとかーちゃん一人だ。かーちゃんが病気で動けない代わりに、アタイがこうして働いて金もらって生活してんだ。今いるとこは金だけじゃなくて、食い物もくれんだ。だから……見逃してくれよ」
ツナグたちは一度顔を見合せた。
「頼むからよ、この拘束を外してくれ。アタイのこと助けるって気持ちが本当ならよ、解放してくれよ。今日はもう手に入れた報酬持って帰って、家族に飯食わせなきゃなんねーんだよ」
ツナグは「……でも、お前の今してることは……」と言いかけたが、こう続ける。
「……わかった。なあ、じゃあひとつ、お前の名前だけ教えてくれねぇか?」
「……名前?」
「ああ、それだけでいい。そうしたら解放する」
少女はツナグの申し出に不思議そうにしていたが、名前くらいは名乗ってもいいのかと思ってくれたのか、
「アタイはパエルだ」
と、教えてくれた。
ツナグはアムエを一瞥し、それを受けたアムエは一瞬躊躇いつつも魔法を解除した。
身体が自由になった少女は一目散にツナグたちから逃げていく。一同はその背中を見送ったあと、アムエとシャルは静かにツナグを見やった。
「いいんですか、あの子……パエル様を解放してしまって」
シャルがツナグに問うと、ツナグは頷き、答える。
「家族のためならしょうがない……って思ってさ。俺たちが家族ひっくるめて責任持って面倒見れるわけでもないのに、口を出すのもおかしいんじゃねぇかって……なんか、そう思ったンス」
アムエは「……それもそうですが、ヤクグループを野放しにするのも問題です。このままでは、中毒者が蔓延してしまうかもしれません」と言うと、ツナグは「それについては問題ないッス」と答えた。
それからツナグはシャルを見つめ、言う。
「あの子……パエルはヤクの運び屋だ。ヤクグループの誰かとは接点があるはず。シャルの鼻の良さなら、パエルの匂いを辿ってグループを突き止められる……って、思ったンスけど、どうッスかね?」
最後だけはツナグらしく自信なさげだったが、そう言われたシャルは誇らしげに首を縦に振った。
「はい。パエル様の匂いなら覚えましたので、周辺に匂いが残っていればそれも可能です。ボクの鼻がどこまで追尾しきれるかわかりませんが……なんとしてもグループを突き止めてみせましょう」
シャルの頼もしい発言に、ツナグとアムエも力強く頷き返した。
――こうして、ツナグたちは当初の目的であるパエルからヤクグループへと目標を移し、動きはじめるのだった。
「……しかし、さっきのツナグさんは、なんだかかっこよく見えましたね。普段はあんなにか弱ですけれど」
「はい。普段は頼りないですが、あのときだけはヒトリ様と同じくらいリーダー的な気質を感じられました」
「……褒められてるのか、ダメ出しされてるのか……いや、どっちもッスかね……?」
包み隠さず真っ直ぐに物を言ってくるアムエとシャルに、ツナグは苦笑いを浮かべるのだった。