3-4 ギャングからの依頼
中に入ると、そこは営業前のバーの風景が広がっていた。
対面式の十席座れるカウンター席がひとつと、部屋の隅にはジュークボックスがひとつあるばかりの、小さな店内だった。
アジトというが、それらしい雰囲気は一切ない上に、そもそも中にはツナグたち以外誰もいないようだった。
「わたし、シビコのアジト初めて来たけど、アジトってこんな感じ……なの?」
キズナはアジトに対して何か期待していたのか、ガッカリした様子だ。
「違う違う。ここはもちろんただのバーさ。真のアジトは――この先さ」
さきほどの獣人の女性は言うや、ジュークボックスに手をかけた。
女性はそれを少し押し、横にスライドする――その後ろに現れたのは、地下へと続く階段だった。
「さあ、この先でボスがお待ちだ。くれぐれも無礼のないようにするんだよ。……特に、そこのアンタはねぇ」
獣人の女性はそう話すやツナグを一瞥した。ツナグは冷や汗を浮かべながら、「ひゃい……」と小さな声で返事した。
ヒトリを先頭に地下へと進んでいくツナグたち。全員が階下へと踏み入ると、ジュークボックスの扉は閉ざされ、一瞬で闇に包まれてしまった。
先がまったく見えず困惑するツナグ。反射的に足を止めてしまうが、刹那周囲に明かりが灯り、視界が広がっていく。
ツナグたちはいつの間にやら、無機質なコンクリート壁に囲まれた部屋の中に立っていた。
階段を降り切った感覚はツナグには一切ない。本当に気づかぬ間にその場に立っていたのだ。
何やら高価そうなものが並ぶショーウィンドウ。棚に並べられた長き年月を感じるワインボトル。壁上部に飾られた、おそらく歴代のギャングのボスであろう仰々しい写真の数々。
それから、部屋の隅でツナグたちを監視するように立つ細長い男。そして何よりも目を引くのが――目の前で部屋の中央に鎮座する、小柄な金髪の女性だ。
サイドを刈り上げた短めのツインテールという特徴的な髪型と、右目の下にある痛々しい傷跡、首元から胸にかけるドラゴンのタトゥーに、ギザギザに生え揃う歯を大きく見せるように口角を上げ構える姿は、まさに裏社会のボスに相応しい風貌をしていた。
何よりツナグは底知れぬ恐怖を感じていた――それは見た目が派手だからというわけではなく、もっと本能的に訴えかけてくるような圧倒的強さがひしひしと伝わってくるのだ。
ツナグはチラリと隣を見る。キズナもウィルも、平静の表情を浮かべていたが、うっすらと汗が光っているのがわかった。
ツナグは改めて思い知る――目の前にいるのは、ただ者ではないと。
たった三秒も満たない対面で、絶対的な差を突きつけられた最中、目の前の女性はソファから腰を上げ、両手を広げてこう言い放つ。
「やあやあ、よお来てくれたわ革命軍諸君! ウチはシビコ! ヒトリから聞いてると思うけど、ここレールガイのボスやらせてもろてるわ、よろしくな!」
シビコは、見た目に反して明るくハキハキと、好印象な話し方をする人だった。
ヒトリはそんな挨拶に応えもせず、一歩前に出ると早速本題を持ちかける。
「……で、シビコ。頼み事というのはなんだい? しょうもないことだったら、わたしらは帰らせてもらうからねぇ」
「え〜、なんやもうちょいお喋りしてからでもええやんか〜。そんなせかせかすんの、嫌やわぁ」
「……シビコ」
ヒトリの睨みを受けてか、シビコはムッとしつつもソファに座り直し、真剣味を帯びた表情で語りはじめた。
「……最近、このあたりで違法なヤクが生産がされとるっちゅー噂が流れとる。一度食ったら一発で人をダメにする最悪のヤクや。革命軍は世界をよりよくするんやろ? ならさ、ちょいとその出処を突き止めて、ソイツらシバいてほしいんよ。あ、もちろん報酬は出すで」
「……ヤク、か」とヒトリは神妙に呟いた。
「いつの世も、そういったものは絶えないものだな」
「せやな。人を破壊する破滅の劇物――頭ではわかっていても、快楽のために手を出してしまう人はいなくなることはない。その弱みに漬け込んで金儲けするセコい奴らも……な」
シビコはやや逸れた話を戻し、「まあ、ちゅーわけや。頼まれてくれるか?」と問いかけた。
「構わないが……」とヒトリは承諾の姿勢を見せつつ、こう続ける。
「そのくらい、わざわざわたしらに頼む必要あるのかい? シビコなら、そのくらいのことわたしらに頼むまでなく、手下に探らせてもいいんじゃないのかい?」
シビコは深く息を吐きながら、難しい顔をしつつ腕を組んだ。
「……本来なら、アイツらのことを信じて頼みたいところやねんけど……今回事が起こってるのはどうやらウチの島や。……ウチのモンの誰かが関与している可能性もゼロやない。迂闊に頼んだ相手が事の犯人だった場合、逃げられる可能性もある。内部でこの話を共有してるのもウチと、ウチの側近だけや。ホンマはウチ自ら解決したいところやねんけど、あいにくほかの用事と重なってしもうてるんや」
ヒトリが「その用事って?」と聞くと、シビコはまたもや深いため息をついた。
「そろそろ『創造主の間』の結界が薄まる時期やから行かなアカンのや。ダルいわぁ……。そもそも、ギャングにそういうの頼む国ってのもどうなのって感じやよなー」
「しょうがないだろう、一応君も三大卿のひとりなんだから」
後ろでその話を聞いていたツナグは思わず、「えっ、この人も三大卿!?」と驚きの声を上げた。同時に納得する――このシビコから感じる圧倒的な強者のオーラの理由を。
途端にシビコは、
「かかっ! お前さん面白いなぁ! よおウチらの会話に口挟めたモンやわ――アンタが噂の転生者くんやんな」
と言い、高笑いした。
シビコはツナグを一瞥し、口角を吊り上げる。
「オドオドしとるわりには、ウチらのオーラには屈してへん。お前さんは無自覚にウチらと対抗できとるんや」
「……え?」
戸惑うツナグに、「さすがモリヒトを殴った男や」と、シビコは誘うようにウィンクをして見せた。
「なぁ、今度ウチとも一戦やらへん?」
「い、いえ……ギャング様とは穏便でありたいので……!」
すっかり萎縮してしまったツナグは、ヒトリの後ろに隠れる。その様子を見ていた革命軍一同は、呆れを交えつつも、少し緊張の解れたこの場の空気に力が抜けた様子だった。
「え〜、いけずやなぁ。……まあええわ、そんなわけやからよろしく頼むで」
シビコは一呼吸置いて、こう続ける。
「――ウチらギャングのポリシーは人を守るためにある。使う手段は違法かもしれへんけどな。……ヤクなんて、もってのほかや」
深く静かに語られたその言葉は、シビコがどれだけ人を想っているのか伝わってくるものだった。
「んじゃ、一応、ヤクグループの運び人の目星はついとるから伝えとくわ」
次に、シビコはまた明るい調子でそう話して、魅せている自身の深い胸の谷間に指を挿入し、そんなところに隠し持っていた一枚の写真を取り出して、ツナグたちに見せた。
ツナグはそこに写る少女を見て目を丸くする――彼女は、見覚えのある顔だったからだ。
「……!」
――彼女は、ツナグがこの地へ来て早々、ツナグの財布を盗んでいった少女だったからだ。