2-23 マッドガク親子
「――〈クウ・トッ・ショウ〉!」
――時は現在へと戻り、シャルは怪物に掌底を打ち込んでいた。
怪物は絶叫し、ガラスが割れるように肉片が剥がれ飛び散っていく。
その内側から姿を現したのは――ラバーだ。
シャルは、空中に放り出されたラバーの身体を抱きかかえ、そっと地面の上へ寝かす。
「……ああ、ワシは……」
「博士! 博士!」
シャルはラバーの顔を両手で包み込んだ。
割れたサングラスからは、ラバーの小さな瞳が覗いている。シャルはサングラスを外し、ラバーの瞳を真っ直ぐ見つめた。
「……シャル。すまなかった、ワシは――」
「博士、いいんです。ボク、知ってますから……博士の過去にあったこと」
ラバーは目を見開き、悲しげに目を伏せた。
「――でも、博士はボクを救ってくれた。永遠に日陰で過ごすしかなかったはずのボクを、太陽の下へ連れ出してくれた。温かいごはんをくれた、お風呂にもいれてくれた、暖かいベッドの上で寝かせてくれた、学びをくれた――博士は、本来ボクが知るはずもなかった幸せを与えてくれた」
シャルは込み上あがる衝動を必死で抑えながら、語りつづける。
「実験体の遺族からしたら、100パーセントあなたは悪人です。……だけど、ボクはやっぱりあなたが悪人だとは思えません。罪の裁量なんて……人の見方で変わるだけです」
「シャル……」と、ラバーは掠れ声を洩らしたが、それ以上話すことはもうままならなくなってきたのか、ただじっとシャルの言葉に耳を傾けている。
「……博士はボクのことを『大切な我が子』と、手紙で伝えてくれましたね」
シャルはついに込み上げるものを抑えきれずに、目から大粒の涙を流した。
少しでも気を緩めたら、話せなくなりそうだった。
だからシャルは、より一層気を引き締め、自分なりに精いっぱいの笑顔をラバーへ向ける。
「最後までそばにいてくれて、ありがとうございます――お父さん」
ラバーは幸せそうに笑った。シャルの言葉を聞き届けると、ラバーはすぅ……と息を洩らし、静かに眠ってしまった。
「……! お父さん……お父さん……!」
シャルはラバーの胸に縋りつき、肩を震わせ大いに泣いた。
冷たくなっていく体温に現実を思い知らされ、シャルはまた泣いた。腹の底からとめどなく悲しみが溢れ、しばらくは涙が止まりそうになかった。
ツナグたち四人は、そんなシャルの背中を遠巻きから見守っていた。
「シャル……大丈夫かな……」
心配そうにするキズナに、アムエは答える。
「今はそっとしてあげましょう。涙を流し切れば、きっと立ち直れますから」
キズナは頷いて、そっとアムエに寄りかかった。
一方、ツナグはただじっとその光景を眺めていた。
「……ツナグ、平気か?」
ウィルはそんなツナグに何か感じたのか、そう尋ねてきた。
ツナグはハッとした様子で、「……いや、平気……」と、曖昧な返答をした。
「そうか。なんだか思い詰めたような顔をしていたから、自分に罪悪感を感じることはないと伝えようと思ったのだが、杞憂だったか」
「……ありがとな。でも、本当に平気だぜ」
ウィルは「……そうか」とだけ言って、少し離れた木の幹へ背をかけた。ウィルなりの配慮だろう。
ツナグは改めてシャルの背中を見つめながら、ふと呟く。
「俺も親が死んで……ああやって泣いてたんだっけ……」
それは、誰にも聞こえないくらいの小さな吐露だった。