2-21 【回想】シャル・マッドガク(2)
ラバーの屋敷に来てすぐに、シャルは初めて対面する皿に並べられた食事を体験した。すべてがきれいに盛り付けられ、スープには湯気が立っていて……さらには、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに、シャルは感動した。
「わ……わ……! ボク、こんなの初めて……!」
今すぐ食事にありつきたい衝動に駆られたが――シャルはグッと堪え、テーブルから距離を取った。
「……ボクに、こんなのありえない……怪しい人かもしれない」
「今更な警戒心じゃな」
ラバーは笑って、シャルに語りかける。
「ワシはただ純粋に、その強さに惚れただけじゃ。やっぱり、ひとり暮らしが長いとどうも不安で、寂しくての」
「ほんとう……?」
「ああ。ワシもいつ誰かに襲われるかわからないからのぉ。一人くらい、用心棒がいてくれたほうが心強いんじゃ」
それを聞いて、シャルは警戒心を解く。いずれにしても、シャルにとってこの待遇を逃す理由はなかった。
シャルはラバーに着席を促され、緊張しながらも席につく。それを見届けたラバーも、向かいの席にどっかりと座った。
「さあ、遠慮せず食べてくれ――そして、これからたくさん学んでいくんじゃ。料理の作り方、紅茶の淹れ方……それだけじゃなく、掃除のやり方やいろんな家事をやっていってもらうことになるんじゃから」
「ボク……できるかな?」
「できてもらわなきゃ困る。そのためにワシは君を雇ったんじゃ」
そう話すラバーの語り口は、とても優しいものだった。
シャルは両手を合わせ、小さな声で「いただきます」と言ってから、おそるおそる目の前に置かれた肉の一切れをフォークで突き刺し、口へ運んだ。
「……!!」
温かい肉汁が、口の中で満たされていく。
ゆっくりと咀嚼し、最後までその味を楽しんでから、シャルは肉を飲み込んだ。
これまでは食べ物なんて味わいもせず、ただ生きるために冷めて干からびた残飯を食らっていたが、食事がこんなに素敵なものなのだと、シャルはこのとき初めて知った。
「お、おいしい……! これ、全部、食べていい……?」
「ああ。腹いっぱいになるまで、今日はたくさん食べなさい。このあとは風呂に入って、それからゆっくり眠るんじゃ。明日からメイドとしてビシバシ鍛えていくからのぉ」
「ボク、がんばる」
その後二人は談笑しながら食事を終え、シャルは風呂に入れてもらった。しっかり身体を洗うなんてことは、正直初の経験だった。頭を洗ってくれるラバーの手は心地よく、こうして甘えさせてくれるラバーに対し、シャルは楽しくてしかたなかった。
風呂へ上がったあとは、ラバーの着ていない服を着せてもらった。本来ならTシャツであるそれは、シャルが着ると大きすぎてワンピースのような着方になってしまった。
ラバーは案内され、屋敷の部屋を紹介される。
「おうち広いけど、ラバーさんおかねもち?」
「退職金がな、けっこうよかったんじゃ。それで屋敷を買ってのんびりしとる」
「たいしょくきん?」
「働いて辞めたらもらえるお金じゃ。ワシは当時研究所の……まあ『博士』と呼ばれるような立場で働いてたんじゃよ」
「はかせ……」
屋敷巡りをし、最終的にシャルはラバーから自室を与えられた。喜んだシャルだったが、自分を残し部屋を去ろうとするラバーを見て、思わずその手を掴んで引き止めてしまう。
「ん? どうした?」
「……えと、ボク、まだ話したいと思って……」
ラバーは微笑むと、「じゃあ、今晩だけワシの部屋で過ごそう」と言ってくれた。
ラバーの部屋に移動し、二人ベッドの上で横になりながら、ラバーの語る雑談にシャルは耳を傾けていた。
次第にウトウトと瞼が重くなってくるが、このまま眠って目を覚ましたら、またいつもの路地裏にいるのかもしれない。シャルはそう考えてしまうと、どうしてもすんなりと眠りに入ることができなかった。
「どうした、シャル。眠たかったらそのまま寝ていいぞ」
ラバーの語りかけに、シャルは正直な不安の気持ちを吐露する。
「……ねぇ、ずっと離れないでくれる……?」
ラバーはふわふわ栗毛頭をそっと撫でた。
「もちろん……これも何かの縁じゃ。最後まで、ワシがめんどう見てやるわい」
「……やく……そく……ね」と、シャルは言い残し、そのまま夢の中へ落ちていった。