2-19 拳を繋げ
アムエの機転により、九死に一生を得たツナグとキズナ。
「すごい、だよ! さすがアムエ!」
「アムエさん、助かったッス!」
アムエは、「えっへん。わたくしだって、やるときはやるのです」と誇らしげだ。
「悠長にしている場合じゃないぞ。このチャンスに一気に畳み込むんだ」
ウィルはそう言うや、剣を抜き走り出す。身動きの取れない怪物の両足に向け、素早く剣を斬り込んだ。
「――〈廻転斬撃〉!」
ウィルは身体を回転させながら、怪物の膝裏に斬撃を決め込んだ。斬り傷に黒い血液がじんわりと滲む。アムエの魔法の拘束が解けると同時に、怪物は膝から崩れ落ちる――が、器用なことに怪物は触手を利用し身体を支え、戦闘態勢を崩すまでにいかなかった。
怪物はウィルへ目標を定め、素早く触手を使い攻撃する。ウィルは剣で触手を防ぎ躱しながら、怪物から距離を取った。
「ご、ごめんなさい! わたくしの魔法……全然持たなくて……!」
「いいさ。足にダメージは入れられたのだから」
謝るアムエにウィルは笑顔で答えた。そんな二人の間を通り抜け、キズナが前に出る。
「よぉし! わたしも、もっと本気出してやる! だよ!」
ウィルの行動に感化されたか、キズナは魔力を両手に纏わせながら怪物へ立ち向かう。
三メートルほどの位置まで近づくと、キズナは腕を高く上げ、その技の名を高らかに叫んだ。
「〈魔落雷〉!!」
キズナは腕を振り下ろした。その動きと呼応するかのように、怪物に雷が勢いよく落ちる。
頭のてっぺんから落雷を受けた怪物は硬直し、たちまち口から煙を吹いた。
「つ……疲れた……あとはツナグ、任せた……だよ〜」
キズナにとって、これは魔力を使い切ってしまうほど相当な技だったらしい。ツナグはすっかり疲労困憊のキズナに肩を叩かれ、バトンタッチされた。
ツナグの中に一気に緊張が走るが、後ろから「大丈夫です」とシャルが声をかけてくれた。
「ボクも精いっぱいがんばります。……だから――」
シャルはツナグを見つめ、言う。
「――お願いします。ボクはもう一度、博士と会いたい」
シャルの言葉は、ツナグの心を突き動かした。
拳に力を込め、怪物へ向かって立ち向かう。
落雷を受けた怪物は持ち前の脅威の回復力を見せ、すぐにツナグに反応し動き出した――さきほどウィルに斬られた足だって、すっかり元通りだった。
腕を広げ、さらには触手を広げ、広範囲からツナグを捕らえようと怪物は動く。
ツナグは圧倒的な猛攻の様に、足が竦みかけるが――
「ツナグ! 気にせず突き進んで!」
――キズナの声で、再び足に力を込め走りつづける。
「怪物の攻撃は、みんなが守ってくれるよ! みんなを……わたしたちを、信じて!」
キズナは叫んで、疲れを振り切り〈魔法光〉を怪物へ向けて投げた。
見事に怪物の触手に命中。ツナグへの攻撃は阻止された。
しかし、それでも止まらないツナグへ向かう数々の攻撃――だが、みなはツナグの拳を怪物へ繋げるため、一丸となって防衛戦を繰り広げる。
「〈見えざる軌跡〉!」
ウィルの剣で怪物の触手を不能にし、
「〈母の御裁縫〉!」
アムエの魔法で怪物の攻撃の手を封じ込め。
「〈クウ・トッ・ショウ〉!」
シャルの突き手で、怪物のパンチを弾き返す。
そうして切り開かれた道を――ツナグは全力で走り抜ける。
その先で――いよいよツナグは怪物と対面した。
ギロリと動く、充血した目。その瞳には、固く結ばれた右手を振り上げるツナグの姿を映していた。
ツナグは照準を定めていく。
硬く覆われた筋肉の中で、唯一身体の中心部――心臓部だけはほかよりも薄いことに気づく。
「あそこに、拳を叩き込めば……!」
だが、怪物はツナグよりも遥かに大きい。
心臓部まで、ただ跳躍しただけではとてもじゃないが届きそうにない。
キズナだったら軽々と怪物の身体を登り攻撃をして見せるのだろうが――とツナグは思い浮かべながら、自分はそんなことはとてもできないと、運動神経の無さを恨んだ。
「大丈夫だ、ツナグ。拳を構えておけ――そろそろ、怪物がまた体勢を崩すころだ」
そのとき、ツナグはウィルからそう告げられた。
ツナグはなんのことかと思ったが――次の瞬間、怪物のほうからパチン、というゴムを弾いたような音が響く。直後、怪物は短い悲鳴を上げ、膝から崩れ落ちた。
「〈廻転斬撃〉は一撃だけで終わらない――時間を空けて、また斬撃が廻ってきて襲うのだ」
さきほどウィルが与えたダメージが、時間を空けて再び怪物の足にダメージを与えたということらしい。
ツナグは「相変わらずシャレた技、使ってくれるな!」と口では言いつつ、心の内で感謝した。
まんまとツナグの拳を受けに来るかのように、こちら側へ倒れかかる怪物。ツナグは構えを取り、右手の拳に力を送り込む。
深く息を吸い、全力でその技を繰り出した。
「――〈革命拳〉!」
その拳の衝撃は、怪物の全身へ波及していく。
怪物の皮膚にヒビが入り、内側からほんの少しだけラバーの顔が覗き込んだ。
「まだだ!」
ツナグは叫ぶ。
「シャル! 最後にもう一発決めてくれ!」
「……っ、かしこまりました!」
ツナグの想いに応え、シャルは駆け出した。
苦しげに叫び声を上げる怪物の元へ。その奥で待つ、大切な人の元へ。
「博士……今行きます!」
シャルは大きく跳躍し、怪物の身体へ張り手を叩き込む。
「――〈クウ・トッ・ショウ〉!」