2-18 咄嗟の戦術
――一方、ツナグたちは怪物と向かい合っていた。
怪物はさきほどラソソイに妨害されたこともあってか、一層行動に勢いが増し、暴れ狂っていた。
周りの木々を無作為に押し倒し、破壊を繰り返しながら、ツナグたちへひたすらに攻撃を仕掛ける怪物。
間髪入れられずに叩き込まれる攻撃に、ツナグたちが立ち入る隙など一切なく、ダメージを負わないように避けるばかりだった。
「博士……! お願い、もうやめてください……!」
シャルは悲痛の訴えを怪物へ投げかけた。しかし、怪物へ届くの様子は一ミリもない。
「いくら訴えかけても無駄だ。彼は寄生呪物にすべてを乗っ取られている。僕らが寄生呪物を取り除かない限り、ずっとああなままだ」
ウィルはシャルを諭し、再び怪物へ視線を向ける。
「しかし、図体が大きいわりに動きが素早いな……これじゃあ、狙いが定まらない」
ウィルは剣を片手に悔しげに呟いた。
怪物は疲れを見せることなく、むしろ攻撃の手を加速させているように見える。
「このままこの森を壊されるのも困る、だよ! 惑わしの霧森の効果も薄れちゃう……!」
ツナグはこのタイミングで聞くのもと思ったが、「それってよくないのか? 迷子にならずに済むと思うけど……」と、惑わしの霧森を荒らされてしまう重大さについて、キズナへ問いかけた。キズナは怒りを含ませながら、「絶対ダメだよ!」と答えてくれる。
「惑わしの霧森は転生の間を守るように配置されてるの。この森のおかげで盗賊みたいな悪い人が無闇矢鱈に転生の間へ入るのを防いでるんだから! 惑わしの霧森がなくなったらたぶん……そういう人たちによって転生の間は破壊されてしまう。……それは絶対にダメ! そんなことが起きれば、世界はたちまち秩序を失ってしまうんだよ! なんとしてでも、神聖な転生の間を失うことは避けなきゃいけない……んだよ!」
ツナグはアムエから聞いた転生の間の話を振り返りつつ、きっとそれを失うことの損失はかなり大きいものなのだろうと納得した。それならば、これ以上被害が出る前に怪物を止め、さらにはラバーを救い出さなくてはならない。
キズナは「世界の平和を守るためにも、怪物を止めなくっちゃ!」と、両手に光り輝く球体を創り出しながら怪物の前へと飛び出した。
キズナの持ち合わせる素早い身のこなしで、怪物の攻撃を避けながら一定の距離まで近づくと、キズナは跳躍し、叫ぶ。
「――連続! 〈魔法光〉!」
キズナは両手に次々と魔法で球体を創り出し、怪物へ投げつけていった。
怪物の周りに土煙が舞う。すっかり影に隠れた怪物を前に、キズナは「……どうだ、だよ!」と言ってみせるが、果たして。
煙が止む――怪物は、まったくダメージを受けた様子もなく、その場にしっかりと立っていた。
むしろその表情は、攻撃を加えてきたキズナに対し怒りを向けている様子だった。
「うーん……失敗、かも……」
「そんなことより、キズナ! 早く下がれ!」
怪物が動き出すと同時に、ツナグも駆け出した。
キズナへ振り下ろされる巨大な腕。ツナグは間一髪のところでキズナを救い出し、大事に至らずに済んだ。
「ひょえ〜危なかった! だよ!」
「キズナ! 一人で突っ走るなって!」
キズナは「えへへ〜。ごめん、だよ!」と笑った。こんな状況でも、キズナはキズナらしかった。
一瞬、そんな二人の空気は和やかになるが、怪物はそれを見て手を止めるはずもない。怪物は腕を広げ、さらにそこから何本もの触手を生やし、まるで、その風貌は千手観音のようだった。
「キアアアアアアアッ!」
怪物は甲高い奇声を上げ、腕と触手を大きく広げ、ツナグたち二人へ覆い被さろうとする――二人は今にも、漁の網に捕らえられようとしている小魚のような状態だ。
――この状況からはどうやったって逃れられない。
二人は身体を寄せ合い、固く目を瞑ったときだった。
「―― 〈母の御裁縫〉!」
響く、アムエの声。
二人はゆっくり目を開けると、目の前にはアムエの姿があった。
そして、さらにそのアムエの前には――触手同士を光の糸で縫いつけられ、身動きを取れずにいる怪物の姿が。
「……わたくしの魔法は、使い方を変えれば戦術にも使えるんです」
アムエは二人のほうへ振り返り、
「――まあ、今咄嗟にやってみてできただけなんですけれど……ね!」
――と、最後にかわいらしく舌を出して見せたのだった。