2-16 再対峙
まさか、こんなところでマーザーデイティの末裔を鉢合わせるなど、誰が思ったのだろうか。
シャルはラソソイを見るなり、すぐに膝をついて、頭を垂れた。しかし、シャル以外そうする者は誰もいない。
ラソソイは明らかに不服そうな表情を浮かべ、舌打ちをする。
「……おい、ここの貧民どもは行儀がなってねぇのか? 唯一常識弁えてんのはこのメイド野郎だけかよ、あ?」
ツナグたちの態度を見て、さきほどのかわいこぶった態度を一変させ、口調は乱暴になり苛立ちを見せるラソソイ。
「ラソソイ……か。悪いけどねぇ、今は帰ってくれ。わたしたちにはやるべきことが――」
「おい! アタシのことは『ソイ様』と呼べと言ったはずだぞ!? 歩く前に記憶飛ばしてるとか、テメェは鳥以下かよ!? あ!?」
ヒトリの言葉を遮り、憤慨するラソソイ。
咄嗟にウィルが前に出て、事を収めに図る。
「すまない。とにかく今は下がってくれないだろうか。急がねばならんことがあるのだ」
「……む。よく見たらいい男。いいわ、聞いてあげるぅ♡ だけど、急ぎってアレの始末でしょ〜? だから、アタシがアレを引き取るって言ってるじゃない。もしかして、1000万ゴルドじゃ足りない? じゃあ、大サービスで2000万ゴルドあげるぅ〜」
呑気に話すラソソイに対し、ツナグたちが苛立ちを抱いているのは明らかだった。
だがこう話している間、怪物は大人しく待っていてくれるわけではない。
「ギャァァァァ!」
怪物は暴れ狂い、ラソソイに向かって突進を始めた。
ツナグは反射的に「危ねぇ!」と口にしたが、一方のラソソイは余裕の表情だ。
「いや〜ん♡ こんなに獰猛でパワフルなんて、ますますほしくなっちゃ〜う♡」
ラソソイは高く跳ね怪物の背に回ると、パゴダ傘の先を向けた。
「えーい♡」
パゴダ傘の先から放たれる銃弾。
一体その弾はどこに隠されていたのかと聞きたくなるが、おそらくアレは魔法攻撃の類いなのだろう。
怪物は悲鳴を上げ、地面に突っ伏した。
「博士!」
堪らずシャルは叫んだ。
怪物は「アガァ……アガァ……」と呻き声を上げつつも、ゆっくりと立ち上がる。
「げぇ……だいたいの奴はこれで動けなくなるのに。ちょっとぉ、コイツ頑丈すぎじゃない!?」
ラソソイは地面に着地しつつ文句を垂れ、次にシャルを見た。
「おい、そこのお前――今『博士』とか言わなかったか?」
「……は、はい」
急にラソソイからそう問われたシャルは、恐る恐るといった様子で返事した。
ラソソイは「ふぅん」と呟き、パゴダ傘を差す。
「そっか。アイツ、例の寄生呪物のジジィだな」
「――! は、博士のことご存知で……」
「当たり前よ。なぁんだ、だからあんなに頑丈なのか。そんなんだったら、アタシいらないわ」
ラソソイの「いらない」という発言を聞き、一瞬安堵したシャルだったが、すぐに表情に影が差した。
ラソソイは目ざとくその変化に気づき、「アンタ、コイツが何やってたか、もしかして知らない?」と言い、ニヤリと笑った。
「コイツはねぇ――」
「ラソソイ。これ以上のお喋りは控えていただきたい」
槍を構えたヒトリが、ラソソイの前に立ち塞がった。
「ひぃ〜、こわ。三大卿とかいう奴らって、相変わらず威圧感ありすぎ」とラソソイは悪態をつき、ヒトリを睨みつける。
「つーか、アンタら弟ボコってから調子乗りすぎなんだよ。あんなザコ殴ったくらいで調子乗んな」
「では、今日はあなたが相手してくれるとうれしいねぇ」
「……世界の反逆者め。やってやろうじゃないのよ」
ヒトリはニヤリと笑い、振り返りツナグを見た。
「ツナグくぅん。じゃあ、わたしたちはあっちで仲良くやってるからさぁ、ラバーのことはよろしく頼むよぉ」
「え!? ヒトリさん!?」
次の瞬間、ヒトリとラソソイは一瞬で遠くへと行ってしまった。ツナグの返答なんてものは初めから聞く気はなかったようだ。
そんな二人を見届けてから、ツナグはチラリとキズナを見た。
「……えと。こうなったらまあ……副隊長、頼んます」
「えー!? ツナグったら、そういうとこあるよね、だよ!」
キズナはツッコミを入れつつも、すぐに気を引き締めた表情へと変え、残ったみなに号令をかける。
「さぁ、もう邪魔者はいないよ! このまま一気に畳み掛けて、ラバーを救い出そう、だよ!」
ツナグたち五人は再び構えを取り、息を合わせて呼応する。
「――了解!」