2-15 敵は怪物だけにあらず
寄生呪物――否、怪物は、ついさっきまでよりも一回りも二回りも成長しているかに思えた。
三メートルはゆうに越える巨体。ツナグはその迫力に気圧されるが、それでもそばに仲間たちがいると思えば、耐えることができた。
怪物は雄叫びを上げ、ジタバタと地面を跳ね、辺りの木々を薙ぎ倒していく。ツナグたちなんて眼中にある様子は一切なく、ただ衝動に任せて破壊の限りを尽くしているように思えた。
「森林破壊なんて環境によくないっ、だよ!」
キズナは怪物に激しく注意した。
「寄生呪物に侵されたが最後、何を言ってもムダさぁ。アイツは何十年とかけ、骨の髄までしゃぶり尽くすまで止まらない……さっさとケリをつけなくっちゃあねぇ……!」
ヒトリは次に、キズナとウィルを呼びかけ、指示を出す。
「キズナ、ウィル。わたしが今から数秒奴の動きを止める。その間、二人で脚を集中攻撃してアイツの動きを崩しなぁ」
「「了解!」」
二人の返事を聞き、ヒトリは「〈眠る秒針〉」と魔法呪文を唱えた。
動画を一時停止させたかのように、ピタリと動きを止める怪物。キズナとウィルは素早く走り出し、怪物の脚の腱を中心に、攻撃を加えていく。
「〈魔法光〉!」
「〈見えざる軌跡〉!」
怪物はヒトリによる魔法効果でピクリとの動かないが、脚へのダメージは目に見えて蓄積されていった。
「……っ、さすがのわたしのそろそろ限界だねぇ……二人とも! 離れなぁ!」
脂汗を滲ませながら、ヒトリはキズナのウィルに向かってそう叫んだ。二人はすぐさま、指示どおり怪物から距離を取る。直後怪物は動き出し、空気を引き裂かんばかりの悲鳴を上げた。今まで受けていた痛みが、この瞬間、一気に大波の如く押し寄せたのだろう。
脚を損傷させられた怪物は立つこともできず、地面へ倒れこむ。
「ここはボクが!」
シャルは言って、怪物へ向けて駆け出した。
「――〈クウ・トッ・ショウ〉!」
しかし、その攻撃は空振りに終わる。
――怪物の脚は劇的な回復力を見せ、奴はシャルの攻撃を素早く回避したのだ。続けて、怪物は至近距離から、シャルの顔へ向けて腕を突き出す。
「シャルさん!」
ツナグは慌てて声を上げたが、どうやら取り越し苦労のようだ。
シャルは既のところで攻撃を躱しており、むしろ好戦的に伸ばされた腕を掴んでいたのだ。
「二度も同じ手は食らいませんよ」
シャルは先に「博士……ごめんなさい」と断りを入れてから、ギリギリ見て取れる関節部へ向けて、膝蹴りを入れた。
「アギャァァァァ!」
膝蹴りを受けた箇所から先の腕は形を崩し、外れた。
肉壁からほんのわずかに伺える、その瞳が光る。
「すぐに解放しますから……今は耐えてください」
シャルは続けて、もう片方の腕にも打撃を加えようと試みたが、怪物は即座に身を引き、躱す。
だが、それはあくまでシャルから逃れただけの話。
「ツナグ様! そのまま腕を狙って!」
「わかった!」
身を引いた先には、ツナグがすでに先回りをしていた。ツナグは必死に腕を狙い、拳を撃ち込む。
「ギィィ!」
だが、それは怪物へのダメージとはならなかった。硬く厚い筋肉に覆われた腕はツナグの拳を弾き返し、次いでツナグを振り払い攻撃する。
ぐわん、とツナグの視界が揺れる。
こんな衝撃、今まで感じたことはない。脳味噌までも吹っ飛んでしまったのかと錯覚してしまうほどだ。
「〈母の手当〉!」
次の瞬間、じんわりの温かい感覚がツナグの全身を伝う。
気づけば、ツナグ自身ついさきほど受けた衝撃の余韻も痛みもすっかり消え失せていた。
「あ……ありがとう、アムエさん!」
「お礼はいりませんよ! それよりも、ラバーさんを!」
ツナグは立ち上がり、改めて怪物を見据えた。
怪物は相変わらずジタバタと動き回っていたが、不意に足を止め、
「ギャアアアアアア!!」
――と、大地を震わすほどに咆哮した。
ツナグたちはその場を動けず、怪物はその間にさらに身体を大きくし、筋肉を盛り上げ増強させたのだ。
さきほどよりもパワーアップしたその見た目に、みなは息を飲む。
「俺……もう気絶しそう」
情けない声を上げるツナグに、ヒトリは力強く小突いた。
「何言ってんだい〜。ツナグくんから発破かけたんだからねぇ、しっかりやりなぁ」
ツナグは自身の発言を振り返り、それもそうだと気を引き締める――正直、手は震えているが。
「大丈夫です。ツナグ様」
そんなツナグを見かけてか、シャルは励ましの言葉をかける。
「特訓ではツナグ様のことを『ただ弱い』と評価しましたが――アレは間違いだったようですから」
「いや……でも俺、実際に弱――」
「――こんな絶望的な状況で、ツナグ様は立ち上がった。ボクのために、博士を取り戻すと宣誓してくれた」
ほんのりと、シャルの表情に笑みが咲く。
「そんなあなたは、誰よりも強い」
疑いようのない、純真の言葉。
ツナグは、全身の血の巡りが熱くなるのを感じていた。
「さぁ、その拳に力を込めて――想いを乗せて」
シャルはツナグを鼓舞する。
「大丈夫。ボクがついています。ツナグ様に怪我はさせません」
二人の会話を聞いていたアムエも、
「もし怪我をしちゃっても、わたくしの魔法ですぐに治してあげますからご安心くださいね」
と、エールを送った。
「ただ大きくなっただけで、僕の剣が届かなくなることもない。ツナグがヘマした分はしっかりカバーしてやろう」
「ツナグ! わたしたちの本気、見せてやろう、だよ!」
ウィルとキズナも、改めてやる気を見せてくれた。
「ありがとう……みんな」
ツナグは深く息を吸い、意識を集中させる。
大丈夫、みながついている――と自分に言い聞かせ、再び固く拳を握った。
「よし! 次こそはやってやる!」
と、ツナグが意気込みを口にしたときだった。
「クフフゥ、ちょっと待ってくれないかしらぁ?」
そんな甘ったるい声が割り込んできたのだ。
「クフ、クフフ。アタシ、それ気に入ったわぁ。1000万ゴルド払うから、アタシにそれ、寄越しなさいよぉ」
指先で背中を撫でられたようなおぞましさがツナグを襲う。
振り向けば、ピンク色の大きな巻き髪ツインテールを揺らし、黒と赤を基調としたゴシック・ロリータの服装を着こなし、さらには主張の激しい煌びやかな装飾品で身を飾った、なんとも印象の強い女が姿を現したのだ。
クルクルと、フリルのついたガーリーなパゴタ傘を回しながら、女はじっとこちらを見つめている。
ツナグはこの女が誰だかわからなかったが、ほとんど直感に等しい予想を立てていた。
その予想は、見事に命中することになる。
「あら、ごめんあそばせ〜。初めまして〜、アタシぃ、マーザーデイティ末裔で、長女のラソソイ。アタシのことを呼ぶときは、崇拝の意を込めて『ソイ様』と呼びなさい〜」