2-13 Over
――転生の間。
そこは太陽の光は決して届くことのない、ひどく冷たい場所。
奥へ奥へと一歩踏み入れるごとに、その冷たさは増していく。ヒトリとラバーは会話を交わすことなくただただその中を進み、転生の間のメインである転生台の前へと来たときに、静かに足を止めた。
淡い青い光を放つ照明が転生台を囲うように設置されている。転生台はただの黒い石版でしかなかったが、ヒトリが手を翳すとそれは起動し、刻まれていた紋章が青白い光によって浮かび上がった。
「……では、こちらに」
ヒトリは重々しい声音でラバーに告げると、ラバーはゆっくりとした足取りで転生台の上に立った。
「……あの黒髪の少年も、ここに現れたんじゃなぁ」
「ツナグくんのこと……ですか。わかってらしたんですね」
「ああ。長く生きてるとな、なんとなくわかるもんじゃ」
ラバーは話しながら、転生台の上に立った。
「……ここは昔よりも、血なまぐさい臭いがするのお」
「……それだけ、犯罪者が増えているんですよ」
ヒトリは槍を錬成し、ラバーも覚悟を決めたような顔つきに変わる。
「……では、さようなら」
「ああ」
短い別れの言葉を交わし、ヒトリがラバーの首を落としに槍を振ろうとしたときだった。
「お姉ちゃーん!」
「ヒトリさん!」
「ヒトリ!」
「ヒトリさんっ!」
――と、四人の仲間の声を背に受け、動きを止めた。
ヒトリが気を緩めたのと同時に、転生台は光を失う。
「……キズナ、それにみんなも、なぜここへ――」
「それよりもお姉ちゃん! 何しようとしてたの!?」
キズナは声を張り上げ、ヒトリの声を遮った。
キズナは槍を片手にしているヒトリを、鋭い眼光で睨みつけている。
「ひ……ヒトリさん、まさかとは思うけど、それでラバーさんを、こ、殺そうなんて……」
ツナグは青い顔をさせながら、震えた声で問うてきた。
ウィルはこの状況を悟ったか無言でヒトリを見据え、アムエも予想していたことだったのか、驚きを見せることはなかった。
「……今は依頼の遂行中だからねぇ、邪魔しないでもらえるかなぁ?」
ヒトリは圧を込めてみなへ促した。
四人は半歩後ろへ下がるが、それでもキズナはまた一歩前へ踏み込んで、声を荒らげてこの状況を問い詰める。
「依頼って……一体なんなの!? ラバーを転生の間へ連れてきて、お姉ちゃんは何しようとしていたの!?」
怒号とも取れる物言いだが、ヒトリは眉ひとつ変えることはない。
「何をしようって……そりゃあ、わかるだろうさぁ」
だから、とヒトリは続ける。
「――早くこの場を去りなさい」
ヒトリのひと声は、みなを退けるのに十分な力を持っていた。向かい風に押されるように、ジリジリと後退していくキズナたち。それだけ、ヒトリの言葉は相手の意思をねじ伏せ、服従させる重みがあった。
だがしかし、それでも動かない人物が一人。
「ヒトリさん……教えてくれませんか」
――ツナグだ。
「どうしてこんなことをしようとしているのか、教えてくれませんか。俺……ラバーさんをただ殺されるのなんて見たくないッスよ」
自身の力に一切怯むことのないツナグに、ヒトリは目を細めた。同時に、厄介という感情も抱く。
「彼が望むことを、わたしはするまでさぁ。依頼に私情は挟まない。わたしは彼の目指す場所へ導くまでさぁ」
「導くって……ウソだよ! あっちへ行きたいと思う人なんていない! 向こうにあるのは――」
「――キズナ、黙りなさい」
キズナは身震いし、口を噤む。
「あとでしっかり話すから。今は時間がない、早く片をつけないと……」
ヒトリはそこで、この場の外から誰かの気配を察知した。
「……勘がいいんだねぇ」
開かれた鉄扉の先に立っていたのは、息を切らしているシャルだった。
「は……博士!」
シャルは転生台に立つ博士を見つけるや、すぐに駆け寄ろうとした。だが、一歩手前でヒトリはそれを阻止する。
シャルは憎らしげにヒトリを睨みつけた。
「どいてください。ボクは博士と屋敷へ帰るんです」
「それはダメさぁ。彼は帰せない。このまま、あっちの世界へ送り届けなくちゃあならないからねぇ」
シャルは、とおせんぼうをするヒトリの横をすり抜け、ラバーの元へ近づこうとしたが、ヒトリに肩を捕まれ動きを止められてしまう。
「……離し……っ」
シャルは一歩も動けない。いくら力のあるシャルといえども、やはり三大卿の一人に立つヒトリには敵わないものがあった。
「……博士」
ラバーは転生台の上ですっかり蹲ってしまっていた。呼吸する息は常に痰の絡む音がしており、非常に苦しそうにしている。
「……彼はもう助からない」
ヒトリは無情に告げる。
「早く楽に逝かせて、彼の望む罰を受けさせなければならない」
ラバーの身体は激しく震えだし、少しずつ服の内側に隠れていた寄生呪物が顔を見せはじめていた。
「――彼の選択は、尊重してあげなければならない」
シャルは呆然とした眼差しで、ラバーを見つめていた。
「早く。もう時間が――」
――「ない」。そう言い切る前に、事は動き出してしまった。
「――ッ!」
寄生呪物はラバーの腕にまで侵食し、それは目にも止まらぬ速さで、シャルの右肩を抉ったのだった。