2-12 手遅れになる前に
ツナグたちを見送ってからすぐ、シャルはラバーの部屋の掃除に訪れていた。
しかし、片づけを頼んだわりには部屋は整頓されており、ほとんど汚れてなどもいなかった。
シャルは想定よりも整っている部屋に拍子抜けしつつ、部屋を見渡す。
「……屋敷へ来た初めての夜は、ここで過ごしたんだっけ」
シャルはひとり呟き、ふと棚に目を留めた。棚の一番上には、シャルとラバーが仲の良さそうに二人並んでいる写真があった。
「ああ、この写真……博士が市場で掘り出し物を見つけたとかで撮ったものだ」
シャルは目を瞑り、過去の記憶を思い返す。
――『見ろ、シャル! 掘り出し市で見つけてきたんじゃ! 転生者が持ち込んだっていう、〈カメラ〉ってもんらしいぞ!』
――『そうなんですか』
――『相変わらずドライな反応じゃのぉ。……なんとな、これには〈タイマー〉なるものが搭載されているらしくての、早速試してみよう。ここをこうして……よし! シャル、はよ隣に来い!』
シャルは思い出を振り返り、思わず囁かに笑いが零れた。
それからシャルは次に、机の上へ視線を移動させる。机の上だけは散らかっており、書類が乱雑に置かれている状態だった。
整理整頓されているかと思ったが、机周りだけは片づけられていなかったようだ。
「博士ったら、大事な研究資料をまた適当に置きっぱなしにして……」
シャルは呆れ交じりにため息をつき、書類をまとめ片づけていく。ひととおり書類をまとめていくと、最後に一枚だけほかとは様子の違う二つ折りにされた紙が出てきた。
シャルはそれを手に取り中を開く。中身は、ラバーが綴ったと思われる手紙のようだった。
シャルはベッドの上に座り、手紙を読み上げていく。
「……『マッドガク家所有の屋敷、また資産すべてをシャルへ讓渡する』」
まずその一文のあと、数行空けてこう綴られてあった。
「『かけがけのない我が子へ。今までありがとう。これからはワシの世話に縛られず、好きに自由に生きてほしい――ラバー・マッドガク』……」
たった短い文章だったが、シャルにはすべてを理解しつつあった。
――『博士、何をお調べになっているんですか? ……転生の……間?』
あの日、どうもラバーが気になって、こっそりとラバーの部屋へ訪れた日。いつにもなくラバーは真剣に何かの資料と向き合っていて、そこに書かれていたのは転生の間についてのものだったのを、シャルは覗き込んで見たのだ。
――『……あ、ああ。ここの魔法の原理がな、気になってな……。いつか魔力のサンプルがほしいなーって、考えてたんじゃ』
そう話すラバーは、今振り返れば、狼狽していたかのように思う。真実を隠し、咄嗟に嘘をついた気さえする。
「……っ」
シャルは手紙の服のポケットにしまい、再びさきほど片づけた資料の山からある一枚の紙を探し、引っ張り出した。
その資料のタイトルは――「寄生呪物について」。
また何かの研究だろうと見過ごしていたが、しかし、改めて資料を読んで、シャルの嫌な推測はどんどんの膨らんでいく。
「なんて、博士は中途半端なんだろう」
シャルはせっかく片づけた資料もまた散らかしてしまったままに、ラバーの部屋を飛び出した。
「別れの手紙だけで、ボクが引き下がるわけもないのに――」
シャルは鍵をかけることも忘れ、屋敷を出て転生の間へと走る。
走りながらも息を深く吸い、地面を蹴り上げる足に一層力を込め、魔力を集中させる。
「――〈ハヤアシ・カイ〉……っ」
直後、シャルの走る速度はぐんぐんと上昇し、馬車をも上回る勢いのスピードで加速した。
魔法の力を借りているがゆえに、自身の魔力はそれに伴い減少していく。息が詰まり、脂汗は滲むが――それでも気力で、シャルは転生の間を目指した。
一刻も早く、ラバーの元へ行かねばならない。
――手遅れになる前に、その一心で。