2-11 浮かび上がる不安
「……ってか、思ったんだけど……今から転生の間に着いて行って、依頼がどんななのか見れるのか? ほら、だってヒトリさんには〈瞬間転移魔法〉があるわけだし……もうとっくに向こうに着いていて、依頼が終わってるってこともあるんじゃないのか?」
馬車に揺られながら、ツナグはふと思ったことをキズナへ聞いた。キズナは「それは問題なし! だよ!」と元気よく回答する。
「転生の間は――正確には、転生の間周辺は転移魔法が遮断されていてね、簡単に侵入できないようになってるんだよ。きっとお姉ちゃんたちは惑わしの霧森まで〈瞬間転移魔法〉で移動して、そこから森の中を歩いて移動しているはずだから……馬車のわたしたちは全然追いつける、はず!」
ツナグは前回のアンデル迷宮のときのような状態なのかと納得し、頷いた。
「フン……にしても、この僕が御者を務めることになるとはな。今まで生きてきて思いもよらなかったことだ」
ツナグたちの会話に割り込むように、御者席にいるウィルからそんな小言が聞こえてきた。
キズナは馬車の窓から顔を出しながら、「しょうがない、だよ。ウィルしか馬車運転できる人いないもん」と言葉を返した。
アムエは頬に手を当てながら、「わたしが運転できればよかったんですけど、ごめんなさいねぇ……」と眉を下げた。
そうこうしているうちに、馬車は惑わしの霧森に差しかかる。
「キズナ、ここから先は道案内を頼むぞ。さすがの僕もここの森は攻略できない」
「あいあいさー! 案内ならお任せあれ、だよ!」
キズナは馬車が走っている状況にも関わらず扉を開けるや、器用にウィルのいる御者席へと飛び移った。ウィルの背に寄りかかりながら、キズナは道筋を指揮していく。
キズナによって開きっぱなしになってしまった扉を、ツナグは馬車から落ちないように注意しながら閉め終えると同時に、アムエが「そういえば、ツナグさんは、転生の間ってどんなところなのか、お話は聞きました?」と話題を出してきた。
アムエの質問に、ツナグは首を横に振った。アムエはそれを見て、「では、ご説明しますとね……」と、語りはじめた。
「転生の間は、この世界とあちらの世界を結ぶ、唯一の架け橋……といったところでしょうか」
「『あちらの世界』……」
――「あちらの世界」……それはつまり、ツナグが元々過ごしていた世界のことだろう。
「文字や文化などが違えど、わたしたちと同じ言語を使う人間が暮らすとされる、もうひとつの世界。その世界とわたしたちの暮らすこの世界を繋いでいるのが、転生の間なのです。最初こそ、あの場は名もないただの洞窟であり、そんな世界があるとは誰も信用していなかったそうですが……あるとき、その世界からひとりの転生者が現れたことにより、その事実は確実なものとなり、それからあの場を『転生の間』と称するようになったのです」
ツナグはいつになく神妙な面持ちでアムエの話に耳を傾けつづける。
「なぜ、転生の間は世界同士を結んでいるのか、謎はハッキリと解明されていませんが、『言語が同じ』なこと、『同じ発音の首都の名を持つ』こと、『あちらの世界の一部である〈ニッポン〉という国とわたしたちの世界で地形が重なる部分がある』ということから、なんらかの魔法条件を満たし、世界を結んだという説が有力とされています」
この世界にも「トーキョー」という場所があると、ツナグは以前パインドゥア村にいた青果商の主人から話を聞いているので、その説はすんなりと聞き入れられるものだった。
「……って、まずはいろいろと転生の間についての雑学を話してしまいましたが、次に、その転生の間では何が行われているのかというと、転生の間への魔力の供給です」
「魔力の供給?」
「――はい。あるとき突然魔法が発動し、転生の間が確立されましたが、その魔法を維持するための魔力は恒久ではありません。第三者が魔力を追加しなければ、転生の間自体の魔力はつき、あちらの世界への道が閉ざされてしまいます。国は二度と開けぬかもしれない貴重な道を断つわけにはいかないと、民へ魔力の供給を命じたのです。現代では、他者より圧倒的な力を持つ三大卿がその役割を担っています」
「今、その仕事をヒトリさんがやっているということですね」とツナグは言った。
「そのとおりです。そして、あちらの世界からこちらの世界へ転生者が来た場合、この世界の案内もしているのです」
ツナグは「へぇ〜」と関心を示しつつ、ふと気になった疑問をぶつけてみることにした。
「こっちからあっちの世界……へ、行くことってないのか?」
それを聞いたアムエは、少しだけ俯いて答える。
「それは、この世界では禁忌とされています。そもそも転生の間は一方通行……気軽に行ったり来たりなどできないのです。だからこそ、わたしたちはあちらの世界へ行くことを禁止されています」
ツナグはこの世界へ来たあの日、ヒトリに「元の世界へは帰れない」と言われたときのことを思い出していた。
「でも、だからこそ、少し思うんです。本当に彼は、魔力のサンプルがほしくて、転生の間へ行ったのでしょうか……」
アムエの不安げな呟きに、ツナグの胸中にも影が落ちる。
「転生の間の魔法は確かに珍しいものですが、魔力はそんなに特別なものなのだろうかって……。本当の理由は――」
アムエはそこまで話して、慌ててツナグへ笑みを向けた。
「……なんて、すみません。そもそも、転生の間へいるのかも絶対じゃないですもんね。本当、ヒトリさんはどんな依頼を受けたのでしょうね」
アムエはそう話したが、一度抱いてしまった悪い予想はすぐに振り払えるものではなく、その後、ツナグとアムエはヒトリとラバーについての話に触れることく、他愛のない会話をして過ごすのだった。