2-10 気になるから、ついていく
ヒトリとラバーは屋敷を離れ、森の中を歩んでいた。
「……あれで、よかったんですか?」
杖をつきながら歩くラバーの歩調に合わせつつ、ヒトリはそう聞いた。
ラバーは前を向いたまま、「……ああ」と答える。
「下手に別れの言葉なぞ言うもんじゃない。後ろ髪引かれて、どんどん覚悟が揺らぐだけじゃ」
「しかし、シャルからしたら突然あなたを失うことに……」
「大丈夫。シャルは一人で生きていけるくらい強い」
ラバーは覚束ない手で杖をつき、一歩ずつ歩みを進めていく。
「――君はワシの心配なんてせず、ただワシの依頼を遂行してくれたらいい」
これ以上何か言うのは野暮というものだろう。ヒトリは「……わかりました」と、静かに返答した。
「ずっと歩くのも身体に障るでしょう。とりあえず、惑わしの霧森まで〈瞬間転移魔法〉でお運びします。すみませんが、そこから転生の間までは徒歩での移動になります。何かあれば遠慮なくわたしにお申しつけください。馬車など豪華なものは用意できませんが、代わりにわたくしがあなたをおぶって連れていきます」
「はは、最後に美人さんにおんぶされるなんて、ワシぁ幸せ者じゃなぁ……」
そう言って笑うラバーに、ヒトリも優しく笑みを返すのだった。
◇
「つーまーんーなーいー!」
客間に、そんな駄々をこねるキズナの声が響いた。
特訓も終わり、ツナグたちは客間でそれぞれ休ませてもらっていたのだが、キズナだけはどうもこの状況に納得がいかないようで不機嫌な様子だった。
「どうしてわたしたちには内緒で、お姉ちゃんとラバーだけでなんかコソコソしてるのかなぁ?」
「元々ラバーはヒトリに依頼していたわけで、僕らはそれに同行させてもらっているだけではあるし、別におかしいことは何もないと思うが?」
「ちーがーう! 『そうだよね、お姉ちゃんばっかりズルいよね!』って言ってほしいの! ウィルはそうやって正論ばっかり言わないでよ!」
キズナにそう言われてしまったウィルは、めんどうくさそうにため息を洩らしていた。
「まあまあキズナ、しょうがねぇさ。俺らはここでヒトリさんたちを待たせてもらおう」
ツナグはキズナを宥めるが、キズナは聞く耳を持たず、むしろ何やらよからぬことを思いついたようで悪い顔を浮かべ、こう話す。
「ねぇ……こっそりとお姉ちゃんたちのあとをつけない?」
そんな提案に、ツナグはすかさず「またキズナは……」と注意しようとしたが、「だって! 気になるじゃん!」というキズナの言葉に遮られてしまった。
同じ場で話を聞いていたアムエは両手を合わせ、
「確かに気になりますね。着いて行っちゃいますか!」
と、キズナの案に乗っかった。
ツナグはアムエに呆れた目を向けながら、「アムエさん……マジメそうに見えて意外とイタズラっ子ッスね……」と呟き、次にウィルへ視線を送った。
ウィルは肩を竦めるだけだった。それは、「もう好きにさせるしかないだろう」という諦めを体現していた。
ツナグはやれやれとため息をつき、「ヒトリさんにバレそうになったら速攻逃げるぞ」とキズナへ言うと、キズナは「わーい!」と両手を上げ
コロリと機嫌を直した。
「でも、どうやってヒトリさんを追うんだ? 俺たち、ヒトリさんたちの行き先さえ聞かされてないぞ?」
「……うっ、確かに……」
ツナグに指摘され、キズナは今更そのことに気づいたようだった。まったく見通しの立っていないキズナに、ツナグはますます呆れ返ってしまう。
「……もしかしたら、転生の間かもしれません」
そんなとき、シャルはそう言った。
「以前、博士は転生の間について調べられていたことがありました。何やらあの場にある魔力が気になるなど話していて……。今回、転生の間の管理人であるヒトリ様に頼み、魔力のサンプルをいただこうとしているのかもしれません。それに、そもそも博士の依頼はヒトリ様にしか頼めないこととお話されていました。ヒトリ様といえば三大卿であり、転生の間の管理人でありますから、そちらへ向かった可能性が高いかと」
シャルの推測に、キズナは「なるほど!」と興味を示し、早速立ち上がった。
「そうとなったら転生の間へレッツゴー! だよ!」
少しでも可能性があれば即行動に移すキズナは、ツナグとウィルの手を引き、アムエにもついてくるよう呼びかけ、客間を出ていこうとする。
「シャルもいっしょに来ない?」
その際、キズナはシャルにも誘いをかけるが、シャルは静かに首を横に振り、「ボクは博士に頼まれた部屋の掃除でもして、キズナ様たちを待っています」と断られてしまったため、シャルを屋敷に残し、転生の間へ行くことにした。
「みなさま、どうか気をつけてくださいね。転生の間の手前にある森は、迷子になりやすいですから」
シャルはツナグたちを見送りながらも、最後にそんな心配をかけてくれた。
「ああ、そこならすでに身をもって体感してますから大丈夫です……」
ツナグは初めてここへ来た日のことを思い出しながらそう返した。
シャルの厚意で屋敷の馬車を借り、いよいよヒトリの尾行を決行することとなったツナグたち。
こうして、馬車はウィル操縦の元、ツナグたちは転生の間へ向かうことになったのだった。